マッチングアプリでの出会いは、今や当たり前の時代。テレビ番組でも特集が組まれるほど、“普通の出会い”として浸透しているようだ。
しかし見ず知らずの人とのインターネットを介した出会いには、リスクがつきもの。細心の注意を払っているつもりでも、思いがけないトラブルに巻き込まれるかもしれない。
そこで今回は、ネットトラブルや出会い系詐欺に詳しい弁護士の名波大樹さんに、マッチングアプリでのトラブルが生じた場合の対処法を伺った。
【取材協力】
名波大樹(ななみだいき)・・・名波法律事務所代表弁護士。十数年にわたって出会い系詐欺被害、消費者被害、闇金業者対応などに注力。手形小切手闇金(システム金融)対策全国会議事務局長。出会い系・アダルトサイト被害対策会議、悪質リース被害弁護団、消費者保護委員会所属。共著書に『初心者でもできる 手形・小切手ヤミ金撲滅マニュアル』、『Q&A 訪販・通販・マルチ等110番』。
合意の上で性行為した“つもり”なのに、性犯罪で訴えられたら
マッチングアプリで出会って間もない段階で、性行為をしてしまうこともあるだろう。しかし自分では相手の同意を得ていた“つもり”でも、相手の心の内は違うかもしれない。
「今からあなたと性行為をしてもいいですか?」「はい」のような明確なやり取りが必ずしもある訳ではないから、恋愛関係に慣れていない人にとっては分かりにくく、不安な状況も多いはずだ。
このようなケースについて、名波さんに解説とアドバイスをもらった。
「明確な合意を得ていたにもかかわらず性犯罪で訴えられたというケースを私は聞いたことがありませんが、ないわけではないと思います。
とくにマッチングアプリのように、恋愛関係に発展するまでのベースとなる人間関係がなく、最初から恋愛関係が前提で交際する場合には、通常の交際以上に“相手がどのような人なのか”、“どのような考え方の人なのか”をしっかりと理解しようと努める必要があります。
法的トラブルに発展したときのことを考えて、お互いの交際状況をメールなどで記録に残すなどの方法も考えられますが、恋愛が絡むとそこまで戦略的に動けないことも多いでしょう。
なので、交際前もしくは交際後早い段階で、相手がどのような人なのかを知っておくというのが原則です。
たとえば、数回会っただけで女性の自宅に招かれ、女性が眠たそうにしているときに性行為をして、その後警察に被害届が出されそうになったというケースがありました。
トラブルになるのはほとんどの場合、このように“拒絶の意思表示はないが、合意の意思表示もない”場合です」
マッチングアプリ経由で交際をスタートしても、“拒絶していないのだから合意がある”と考えないようにしよう。
では、万が一の場合に備えて“合意があったこと”を示す証拠を集めたい場合は、どうすればよいのだろうか?
「性行為の後に、“楽しかったね、また会おうね”などのやり取りをお互いに送り合ったり、女性の方から積極的に次のデートの誘いのメッセージが送られてくると、その画面は証拠となり得ます。
できれば、性行為について具体的に確認することが望ましいですが……。
たとえば、“この間は○○だったけど、大丈夫だった?”という風に、行為中に気掛かりだったことをメッセージで確認するとか。事後的に同意を確認するやり取りが、証拠として考えられます」
マッチングアプリで出会った人からの誹謗中傷・リベンジポルノ被害
マッチングアプリで出会った人に何らかの恨みを買い、性行為中の写真をネットに拡散されたり、SNSや匿名掲示板で誹謗中傷されたりすることも考えられる。
名波さんによると、この場合はまずサイト運営者へ削除依頼を出し、発信者を特定できれば損害賠償請求を行うという対応が基本だそう。
「SNSや匿名掲示板での誹謗中傷については、名誉毀損罪(刑法第230条)が成立する可能性があります。
名誉毀損罪が成立するためには
●公然と
●事実を摘示し
●人の名誉を毀損
が要件となりますが、この要件を充たしたときでも、
●事実に公共性があり
●事実を適示する目的が公益を図る目的であり
●その事実が真実であるか、もしくは、真実であると信じるべき正当な理由や根拠がある
という3つの要件を全て充たした場合には名誉毀損は成立しません。
もしかしたら誹謗中傷をしている相手は、何らかの理由があって本気で怒っている可能性もあります。
マッチングアプリの他のユーザーに向けて“この人は酷い人、要注意人物なので気を付けて!”と公益を図る目的なのかもしれませんが、その場合であってもその事実に公共性があるというには微妙。
とてもプライベートな話なので、ほとんどの場合は事実に公共性がないと判断されるでしょう」
バカ、気持ち悪い、生理的に無理などとネットで罵られた場合は……?
「それは個人的な感想・評価であって事実ではないので、この場合侮辱罪(刑法第231条)が成立する可能性はあります。
侮辱罪は名誉毀損罪と比べて罪が軽いですし、侮辱罪で逮捕された例はあまりないので、相当侮辱しないと逮捕されるようなことはないのではないでしょうか。
形式的に侮辱罪に該当していても、警察が動かないことも多い。でも良心的でしっかりとしたサイト運営者であれば、侮辱する書き込みを削除してくれるはず」
具体的な手続きとしては、まずサイト運営者へ発信者情報(IPアドレス・SIMカード識別番号)開示の仮処分を、次にプロバイダへ発信者情報(住所氏名)消去禁止の仮処分を、最後にプロバイダへ発信者情報(住所氏名)開示請求の訴訟を申立てる。
その結果発信者が特定できれば、ようやく損害賠償請求を行う。
「リベンジポルノや名誉毀損の被害に遭った場合は、その画面をスクリーンショット等で記録に残しておきましょう。投稿の日時やID、ツイッターであればユーザー名も入るように撮影しましょう」
既婚・職業・年収・持病……マッチングアプリで嘘をついてしまったら?
自分自身がマッチングアプリで嘘をついてしまった場合のリスクについては、弁護士目線ではどうなるのだろうか?
既婚者なのを隠して登録する悪質なケースもあれば、年収を微妙に盛ってしまうなどの出来心的なケースも考えられる。
「サイトの規約に“ご登録は、結婚相手やまじめな恋愛を探している18歳以上の独身者に限ります”“会員が自己に最も適合性のある配偶者選択を行うにあたり、適合配偶者候補の情報を提供する“などと明記されていたにもかかわらず、既婚男性が独身女性に嘘をついて3年間交際していたケースでは、慰謝料250万円の支払いが命じられました。
規約に何と記載されているのかが、ひとつの判断基準となるでしょう」
では職業・年収・健康状態について嘘をついていた場合はどうなるのか。
「既婚であることを隠して結婚に対する期待を裏切った場合は慰謝料の支払いが認められる傾向がありますが、職業・年収・健康状態についての期待はそこまで保護されない可能性があります。
職業・収入について嘘ついていたとしても、その人と結婚することはできるから。その場合は慰謝料が認められない可能性が高く、認められたとしても少額になるのでは。
しかし医師限定アプリ・高収入限定アプリなどであれば、規約にも職業・年収の条件が明記されているため、職業・年収について嘘をついていた場合に慰謝料の支払いが認められる可能性もあります。
いずれにせよ、マッチングアプリには経歴詐称の証拠が明確に残りますし、アプリ運営者側から“サイトの信用を失墜させた”として損害賠償請求される可能性もゼロではありませんから、嘘をつかず正直にプロフィールに記載しなければいけません」
マッチングアプリで詐欺業者や結婚詐欺師に誘導され、お金を騙しとられた
最後に、マッチングアプリで出会った人にお金を騙し取られたケースの対処法も聞いてみた。
まずは、言葉巧みに外部サイトへ誘導し、メッセージのやり取りに課金される出会い系詐欺について。
「このタイプの詐欺では、メッセージのやり取りをして直接会う約束を取り付けても、何十回とキャンセルされ、一度も異性と会えません。
会う約束をする意外にも“話し相手になってくれたら多額のお金をあげる”“アイドルグループのマネージャーをやっているが、アイドルの悩みを聞いてあげてほしい”などと誘って、メールのやり取りを何十回とさせて多額の手数料を取るというパターンもあります。
マッチングアプリで出会った人とは、基本的に“一対一”の二人だけの世界に入ってしまいがち。
他人に悩みを相談しづらく、気分が高揚して正常な判断ができない場合も多いため、違和感に早く気付く必要があります」
すでにお金を支払ってしまった場合には、どうすればいいのだろうか?
「クレジットカードや電子マネーで支払った場合、カード会社や電子マネー会社に被害を相談すれば、返金してもらえる可能性があります。自分で交渉することもできますが、慣れている弁護士に依頼した方がスピーディーに解決でき、返金を受けられる可能性も高くなるでしょう。
詐欺業者の所在地が海外の場合は日本の法律が適用できないこともあり、“チャージバック”を利用するケースもあります。
チャージバックとは、世界中のカード会社を束ねている国際ブランドと呼ばれる大元の機関(VISA・JCB・マスターなど)が独自のルールに従って支払いを取り消してくれるという手続きです」
証拠集めはどうすればいいのだろうか?
「メッセージのやり取りをスクリーンショットで残すこと。しかし出会い系詐欺では詐欺業者が運営するサイト内でやり取りをするので、メール履歴が残らない仕組みになっているものもあります。
最近では、出会い系詐欺被害が周知され、カード会社もかなり被害者寄りになってきています。今まで細々とした支払いしかしていなかった人が突然遠隔地で何百万も使ったとか、明らかにカードの履歴が不自然な場合には、弁護士が依頼すれば返金してくれることも多くなりました」
マッチングアプリで危ないのは、詐欺業者だけではない。個人間での金銭トラブルにも、注意が必要だ。
「実際にあったことですが、会社を経営していた男性がアプリで出会った女性から事業資金を援助してもらい、男性としてはもらったお金だと思っていたら、後で女性から裁判を起こされて返金を求められたという事例があります。この事例では、当初は借用書を作成していませんでしたが、後で女性がこわもての男3人と夜に乗り込んできて、男性を取り囲んで借用書を書かせました。
裁判の結果男性には返金する義務があると認められましたが、その時点で全額使ってしまっていたので、結局返せないままです。借金なのか贈与なのかが最初から曖昧であり積極的に嘘をついていた訳ではないため、詐欺として逮捕もされませんでした。
恋愛感情を抱いている人同士でお金の貸し借りをすると、どうしても曖昧な形をとることが多く、借用書を作りたがらない傾向があります。
しかし後で破局してから“お金を返して”といっても、“数百万円ものお金を貸すときは普通借用書を作るでしょう”と落ち度を指摘されてしまうこともある。
いくら相手のことがその瞬間は大好きだったとしても、お金のやり取りはすべきではありませんし、もしどうしてもするのなら借用書やメールなどの証拠を残しておくべき。借りるのではなく、お金をもらう場合も同様に証拠を残しておくべきです。
とくにマッチングアプリの場合、共通の知り合いの目がある交際とは事情が違うので、このような点を強く意識する必要があります。万が一トラブルに巻き込まれてしまったら、なるべく早めに信頼できる周りの人や弁護士などに相談しましょう」
取材・文/吉野潤子