「FIAT500」のようで、その割にはイカつい。黄色と赤にサソリが入ったエンブレムに「ABARTH」とあるが、これはどこぞのチューニングカーなのか。実は最近、街中でも見かける機会が増えていないだろうか。
コロナ禍でも日本での販売は好調
ABARTH(アバルト)はフィアットグループのブランド。最近、日本での販売は好調だという。昨年の国内販売台数は2955台。これは2017年の3264台に次いで二番目となり、本国イタリアに次いで世界2位の販売台数だという。2020年もこのコロナ禍において、6月の国内販売台数が420台というのがまた史上2番目となる販売台数だったのとか。
ちなみに、3月の国内販売台数も320台で決して悪い数字ではない。新型コロナウイルスによって、感染対策のために改めてクルマの存在が見直されているいま、せっかくならクルマ選びにもこだわりたいという方々がこの見た目にも性能面でも個性放つアバルトに目を向けているのではないかと想像できる。
ABARTHは、カルロ・アバルトによって1949年にイタリアの小さなチューニングファクトリーABARTH&C.からスタート。一般のクルマをチューンナップするパーツを開発し、販売。また「FIAT600」や「FIAT500」にチューンを施したコンプリートカーを開発し、当時から小さなクルマに格上のクルマにも劣らぬパフォーマンスを与え、ファンを増やしていき、“ジャイアントキラー”と讃えられていたそうだ。
また、1950~1960年代は、スピード記録の分野においては世界をリードする存在だったという。やがてモータースポーツ界でもアバルトが手がけたツーリングカーからフォーミュラに至るマシンが活躍し、存在をより広く知らしめることとなる。
天才カルロ・アバルトの苦難
そんなカルロ・アバルトは、15歳で初ドライブをしたモーターサイクルをきっかけにエンジニアリングとスピードの世界に惹かれ、学校で専門技術を学び、19歳でモーターサイクルメーカーに就職。この頃からすでに才能は開花していたそうだ。
新人メカだった彼が、なんと自らがフレームから設計したマシンを製作したり、チャンピオンと同じマシンに乗ってより速く走ってしまったり・・・。その結果、やっかまれ、「やってられるか!」(と思ったかどうかはさておき)退社。プライベートでレースに参戦して実力が認められ、強豪メーカーのトップライダーに登り詰める。が、アクシデントがきっかけでライダーの道は絶たれてしまったそうだ。
その後、エンジンを中心としたチューンナップに没頭。様々なアイデアを採り入れた自作のサイドカーのマシンで再びライダーに復活し優勝を収めるなど、会社設立までに様々な華々しいキャリアや挫折、苦悩の日々を物語るエピソードを持つ。それらがABARTH&C.の礎となっているのは間違いない。カルロ・アバルトは1979年に71歳でこの世を去っている。ちなみに、サソリのマークはカルト・アバルトがさそり座であったことから用いられているそうだ。
フィアットグループの一員となったのは1971年。これまでの技術力や開発能力を活かし、ロードカーの開発に携わり、モータースポーツの分野においても「124アバルトラリー」が世界ラリー選手権で3度のチャンピオンを獲得。2016年に登場した「アバルト124スパイダー」の起源はここにある。
現代もそうであるようにベースモデルは「FIAT 124スパイダー」(日本未導入)。フィアットのモデルをベースにときにはライトに、時にはとんでもないパフォーマンスモデルの開発を手がけるその役割は長く変わらないようだ。メルセデスならAMG、BMWならM、アウディのアウディスポーツのような立ち位置にある。
なぜ「595」なのか?
今回の主役は「アバルト595」。ベースとなるのは、ご想像のとおり「FIAT500」。ではなぜ、595なのか? 私も最初に知りたくなったポイントだ。名前の由来は、1963年に登場した「FIAT ABARTH595」にちなんだもの。それは、当時の2代目となる「FIAT500」(1957-1977)をベースに製作された高性能モデルで、その時のベース車の排気量が496cc、18馬力で最高速が95km/hだったのに対し、「FIAT ABARTH 595」は約595cc、27馬力に性能を上げて、120km/hを記録したそうだ。
話を現代に戻そう。現在のアバルトには「FIAT500」にアバルトチューニングを施したベーシックな「アバルト595」、レザーシートの採用やサスペンションのリセッティングが行われた「595 Turismo(ツーリズモ)」、オープンエアが楽しめる「595C Turismo(ツーリズモ)」、さらにエンジンのパワーやトルクアップに伴いブレーキや足回りなどを強化した「Competizione(コンペティツィオーネ)」がラインナップされている。厳密に言えば、マツダ「ロードスター」をベースに、アバルトがチューニングを手掛けた「124スパイダー」もあるが、こちらは間もなく販売終了になる。
今回は、これらのラインナップの中から、2モデルを試乗させていただくことができた。まず申し上げておきたいのは、「アバルト595」系のドライブフィールはミニやプジョー、VWなどの同クラスのスポーツモデルに対して、デザインのセンスからドライブフィール、演出などの何もかもが異なり、結果、独特の世界観を持っているということ(実は前述モデルたちはどれをとっても違うわけで、それが魅力でもある)。
アバルト595Competizioneの稀有なドライビングフィール
まず、ご紹介するのは「アバルト595Competizione」だ。5速AT(ATモード付5速シーケンシャル)もあるが、今回は5速MTに試乗した。コンペティツィオーネモデルにはサベルト製のスポーツシートが採用されており、サポート性は良いが着座位置が最下点でもそもそも高めというのが独特だ。
全長3660mm×全幅1625mm×全高1505mmと、コンパクトなボディに1.4Lターボエンジン(180ps/230Nm)を搭載していると紹介したらどんな走りを想像されるだろう。5速MTのシフトノブはセンターコンソールの“丘”のような位置にあり、その操作性はストロークはやや長めだが悪くない。これを使って、小さなボディ全身でパワフルな走りをする「595」をドライバーがマネージするのだ。
アクセルを床まで踏み込めばシートに体が押し付けられそうな加速をし、緩やかに踏み込めばカロカロ(軽々)と走り、進む。ステアリングフィールは軽めだが速度やコーナリング時には手ごたえが重めに変化し、走行シーンに応じた扱いやすさと確かさを抱くことができる。
17インチタイヤを履いた足回りは硬めだが、突っ張るばかりではなくストロークも活かした走りがイタリア車らしい。やや背の高いこのクルマとドライバーが一つになってコーナーを走らせる愉しさや満足感は路面に這いつくばるようなスポーツカーでは得られない。
瞬時により力強い加速を求めるならダッシュボード上の“スポーツモード”スイッチを押せば、トルクは250Nmに上がり、このボタン一つでひと加速分くらいの力が増すので頼もしく、便利でもある。
私個人の試乗キャリアをもってしても「アバルト595 Competizione」のドライビングフィールの楽しさは稀有なものである。加速やコーナリング性能に至る優れたパフォーマンスの走行体験のアレコレは想像とは異なるものだから「こんな走りができるのね、偉いわ、凄いわ」と感心するうちに、愛おしさが増し、のめり込んでしまうほど。現代の市販車でこれほどに人たらしなクルマはないかもしれない。
乗り心地は決して良いタイプではないが、路面状況に応じて変わるそれは理にかなっているとわかるから納得できる。ややハスキーなエンジン音も野太くて大きく、オプションのハイパフォーマンスエキゾーストシステムの“レコードモンツァ”を装着すると勇猛さが増す。「アバルト595 Competizione」は、このわかりやすいスポーティネスをこのコンパクトでコロンとしたボディが持ち合わせているのが、最大の魅力であると個人的には思う。
また、これは女性的な目線なのかもしれないが、そもそも「アバルト595」はフロントシートがサポート性に優れたスポーツタイプのシートが採用されている一方で、リヤシートはまるでイタリアモダンの二人掛けソファのようなデザインに魅力を感じる。今回、試乗したモデルの赤茶色のアルカンターラシートは運転席から振り返るたびにそのセンスの良さにウットリとさせられた。
エクステリアデザインの勇猛果敢なイメージのなかに漂うかわいらしさ、ドライブフィールのスポーティさをイタリアモダンなセンスも漂う室内で愉しむ粋な感覚。アバルトが生み出すスポーツの世界観に存在するギャップのセンスが男女問わぬ多くの日本人をも魅了しているのだ。
気分爽快で自分の空間を満喫できる「595C TURISMO(ツーリズモ)」
続いて、電動スライディングルーフを備える「595C TURISMO(ツーリズモ)」。旅を想起させる「ツーリズモ」の名の通り、ロングドライブも意識した車両のセットアップが採用されている印象を受ける。
乗り心地とアバルトらしいパフォーマンスを意識したサスペンション(KONI製)を採用し、エンジンのパフォーマンスもベースの「595」に対し、20PS/30Nmほど(「コンペティツィオーネ」に対しては-15PS/-20Nm)上だ。
さらに「C」はオープンルーフモデルを意味する。アバルトの「C」モデルはボタン一つでルーフからリヤウインドウまで開閉できるのだが、ポイントはボディサイド含めフルオープンになるオープンカーよりも気軽で、人によってはオープンになりすぎないので気恥ずかしくもなくオープンエアドライブが楽しめるところ。
また、パタパタと畳まれた幌がリヤゲートの上に載るオープンスタイルはなかなか美しい。可愛いと言う人も多い。ちなみにラゲッジの開口部のデザインも通常のモデルとは異なる。
今回は、5速MTと5速ATの両方を試乗した。そのうち、5速ATモデルはイタリア語でレーストラックを意味する「PISTA」と名付けられた限定モデルを試乗。走行性能面は共通で新たなイメージの提案モデルと言えるだろう。
特徴は「Blue Podio」という通常のカラーリストには載っていないブルーをベースにいイエローをボディやブレーキキャリパーなど所々にアクセントとして取り入れられている。
「ツーリズモ」はベースモデルや「コンペティツィオーネ」に対し、乗り心地やしなやかなスポーティさを併せ持つバランスの良さが特徴。「コンペティツィオーネ」から乗り換えても非力な印象はなく、このボディサイズにして十分な動力パフォーマンスが感じられる。加えて乗り心地もややマイルドになり優しい。
ボディの剛性と17インチタイヤの踏ん張り(グリップ性能)をもってして、ややロールするボディを過重変化を感じつつ活かし、軽やかに走らせる感覚が愉しい。さらに頭上を抜ける風をより感じながらのドライブ。野太いエキゾーストサウンドをBGMに走る爽快さは、これもまた他にない。
意外だったのは、トランスミッションによるドライブフィールの違いだ。5速MTはドライバー自らがギヤを選びトルクやパワーをマネージする操縦感が魅力。一方の5速ATは、内部ではクラッチによってギヤがセレクトされるが、ドライバーはATとして扱えるという他メーカーでも採用する技術。
ただ、シングル/ツインとクラッチタイプが存在し「595」はシングルクラッチタイプ。これはギヤチェンジを行う際にメカニカルショックや繋がるまでのタイムラグが生じ、コツさえつかめば(簡単)気にならないのだが、好みが分かれるのも事実。
が、改めて試乗してみると前述のネガが気になりにくく、「595ツーリズモ」の滑らかな走りに上手く丸め込めているような印象。パドルでMTのようなドライブも可能であり、「この仕上がりなら5速ATのほうがラクかもしれない」とすら思えた。
そのデザイン性や五感で感じる独特のドライブフィールなど見どころ感じどころがこれほど豊かなコンパクトホットハッチはない。マッスルに仕上げられたボディや、それに負けぬパフォーマンスを持つ「アバルト595」は街中でも非常に扱いやすい。カッコ可愛く頼もしいところが女性にも人気だ。
価格は300万~400万円。日本の販売が好調である理由が腑に落ちた。
◆関連情報
https://www.abarth.jp
文/飯田裕子(モータージャーナリスト) 撮影/雪岡直樹