明かされつつある太陽系外縁の構造
【千葉工業大学】
- すばる望遠鏡とニューホライズンズの20年の挑戦-
[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/42635/61/42635-61-bd96a778837e2c805fdc9fc3306ade50-885x516.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]図1:すばる望遠鏡(左)とニューホライズンズ探査機(右)。(クレジット:国立天文台/Southwest Research Institute)
すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラによる探査によって、カイパーベルトのさらに外側に、我々がまだ知らない天体の集団が存在する可能性が示されました。太陽系の成り立ちを知る上で重要なこの研究成果は、太陽系外縁部を進むニューホライズンズ探査機とすばる望遠鏡の国際協力によって得られました。
米国航空宇宙局(NASA)のニューホライズンズ探査機は、人類史上初めて太陽系外縁天体の表面を間近から観測するという重大な任務を担い、2006年に打ち上げられました。2015年に冥王星系のフライバイ(近接通過)を成功させ、2019年にはカイパーベルト天体(注1)の一つであるアロコスにフライバイしました。太陽系の外に向かって飛んでいる探査機はこれまでに5つありますが、カイパーベルト天体を観測しながらカイパーベルトを飛行した探査機はニューホライズンズだけです。
地上からカイパーベルト天体を観測すると、小さい太陽位相角(太陽―天体―観測者を挟む角)でしか観測できません。一方、カイパーベルトにいる探査機からカイパーベルト天体を観測すると、さまざまな位相角で同じ天体を観測し、その反射特性を調べることで、天体の表面状態を推定することができます。これはニューホライズンズにしかできないことです。
しかし、探査機に搭載されている視野の狭いカメラでは、探査機自らがカイパーベルト天体を発見することはできません。ここで活躍するのがすばる望遠鏡です。すばる望遠鏡が広視野のカメラでカイパーベルト天体をたくさん見つけ出し、その中から、探査機がフライバイできる天体と探査機から観測できる天体を絞り込んでいきます。このニューホライズンズとすばる望遠鏡の協力は2004年に始まりました。
2004年から2005年にすばる望遠鏡の主焦点カメラSuprime-Cam(シュプリーム・カム)による観測を行った時、探査機の軌道の関係から、カイパーベルト天体を探す視野は天の川銀河の中心方向にありました。背景星が多い中での天体探しは困難を極めましたが、24個のカイパーベルト天体を発見することができました。
残念ながら、この観測で見つかったカイパーベルト天体は、探査機の燃料の制限によりフライバイの候補にならなかったのですが、もっと遠くにある新しい天体ならば、ニューホライズンズの残りの燃料で到達できるかもしれません。2020年からはすばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラHyper Suprime-Cam(ハイパー・シュプリーム・カム;HSC)を使ったより深い観測が始まり、2023年までの観測で239個のカイパーベルト天体が発見されました。
「この発見に至るまでには、すばる望遠鏡での観測だけでなく、観測した画像から天体を探索するための新たな機械学習技術が開発されました。この技術によって同定された天体の実在性を検証するために、各チームメンバーが数千から数万枚の天体画像を目視で確認しなければなりませんでしたが、その努力が実を結び、素晴らしい成果を得ることができました」と研究チームの石丸亮博士(千葉工業大学惑星探査研究センター)は語ります。
「HSCによる観測で最もエキサイティングだったのは、既知のカイパーベルトを超える距離にある天体が11個も見つかったことです」と、研究チームの吉田二美博士(産業医科大学;千葉工業大学惑星探査研究センター)は語ります。
HSCで発見された天体の多くは、太陽から30-55 天文単位(au;1天文単位は太陽-地球間の距離に相当する)の距離にあり、既知のカイパーベルトの中にあると考えられます。一方、研究チームが予期しなかったことは、70-90 auあたりに一群の天体がありそうに見えることと、55 auと70 auの間に(天体が少ない)谷間があるように見えることです。このような谷間は他の観測では報告されていなかったものです。
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/42635/61/42635-61-f424b8086d498f269340755456b35642-1180x578.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]図2:HSCが発見したカイパーベルト天体の距離の分布。横軸は太陽から天体までの距離で、地球-太陽間の距離(1天文単位;au)を単位としています。縦軸は天体の個数です。(クレジット:Wesley Fraser)
「70-90 auに新たな天体群があるのかもしれない。もしこれが確かならば大発見です。原始太陽系星雲はこれまで信じられていたよりもはるかに大きかったことになり、太陽系の惑星形成過程の研究に影響を与えるかもしれません」と吉田博士は語ります。
また、石丸博士は「これまでの常識では、私たちの太陽系のカイパーベルトは太陽系外の惑星系円盤と比較して非常にコンパクトであると考えられていました。それに対して、従来の想定より遥かに遠方まで広がるカイパーベルトの存在を示唆する本研究の結果は、宇宙にある多種・多様な惑星系の中で太陽系をどう位置付けるのかを理解する上で重要となるでしょう」と語ります。
ニューホライズンズミッションを率いるアラン・スターン博士は「太陽系の遠く離れた領域で、予想外で、未知のワクワクするものの存在が明かされました。この画期的な発見は、すばる望遠鏡の世界最高水準の能力がなければ不可能だったでしょう」と語ります。
本研究で発見された天体の正確な軌道を決定するため、研究チームはHSCを用いた観測を継続しています。「遠方天体の発見とその軌道分布を明らかにすることは太陽系の形成の歴史の一端を紐解く重要な手がかりです。この研究は太陽系の形成史を知り、系外惑星系と比較し、普遍的な惑星形成を理解する足掛かりとして、重要な位置にあると思います」と吉田博士はその意義を語ります。
ニューホライズンズは、現在 太陽から60 auのところをさらに外側に向って飛行しています。未発見の遠方天体はまだまだ沢山あるはず。すばる望遠鏡とニューホライズンズ探査機が、カイパーベルトの先に何を発見するのか、研究チームは楽しみにしています。
本研究成果は、米国の科学誌『プラネタリー・サイエンス・ジャーナル』に2編の学術論文として出版されます。
(1)Buie et al. 2024 ”The New Horizons Extended Mission Target: Arrokoth Search and Discovery”
プレプリントはこちら。
(2)Fraser et al. 2024 ”Candidate Distant Trans-Neptunian Objects Detected by the New Horizons Subaru TNO Survey”
プレプリントはこちら。
(注1) 海王星の先、太陽から約30 au~55 auにある、小惑星などの天体(小天体)がリング状に分布している領域を「カイパーベルト」と呼びます。カイパーベルトに分布する小天体を「カイパーベルト天体」と呼びます。
すばる望遠鏡について
すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。
(関連リンク)
千葉工業大学惑星探査研究センター 2024年9月5日 プレスリリース
国立天文台 2024年9月5日 プレスリリース
国立天文台天文シミュレーションプロジェクト 2024年9月5日 ニュース
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