睡眠を改善したいと思っていても、依存性や乱用への危惧、翌日にも影響があるのではなど、睡眠薬に対する心理的な抵抗感がある人も多い。実際に今までメジャーとされてきた「GABA受容体アゴニスト」タイプの薬は、睡眠覚醒だけでなく、脳内の認知機能や運動機能までも低下させてしまうこともあり、副作用として物忘れが起きてしまったり、夜中に起きたとき、つまずきや転倒してしまうというリスクが、とくに薬の代謝や排せつ機能が低下している高齢者にはある。
薬で無理やり眠らされた感じではなく、自然にしかも深い眠りが得られて、副作用の心配が極力ないというものが理想の睡眠薬といえる。昨年の11月に世界で初めて日本で発売された「ベルソムラ」(一般名:スボレキサント)は、睡眠と覚醒のメカニズムからひも解き、従来の睡眠薬とは全く違う作用機序を持つ薬として、医療現場でも注目を浴びている。
脳には、覚醒に関わる脳神経細胞のネットワークである「覚醒システム」と、睡眠に関わる脳神経細胞のネットワークである「睡眠システム」があり、互いに抑制し合っている2つのシステムがバランスよく働くことによって、睡眠と覚醒が調整されていることが、近年の研究で判明した。
通常、眠るときは覚醒システムの働きが弱まり、睡眠システムが優位になることで眠くなる。不眠症では、夜になっても覚醒システムの働きが弱まらないために不眠が生じる。覚醒システムに大きく関わる「オレキシン」という神経伝達物質に働きかける新しい考え方の睡眠薬が「ベルソムラ」だ。
オレキシンは、直接、睡眠と覚醒に関わっている物質で、日本人の柳沢正史さん(現・筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長)と、櫻井武さん(現・金沢大学医薬保健研究域医学系教授)によって1996年に発見されて、1998年に発表された。
子どものころ、遠足の前夜になかなか寝られなかったり、大事なプレゼンの前日は緊張して眠れないというような経験をしたことはないだろうか。興奮していたり、感情が揺さぶられたときに脳の覚醒をつかさどるオレキシンが分泌される。「ベルソムラ」はオレキシンの作用をブロックすることで脳の過剰な覚醒を抑制し、速やかな入眠効果と質の良い睡眠を維持する新たな睡眠薬として脚光を浴びている。