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理解するまでに時間がかかるもののほうが商品やサービスの価値が高く見えるのはなぜ?

2020.10.04

 いったん保留にしよう――。気になっていた腕時計の話である。その代わりといっては何だが、だいぶくたびれている腕時計のベルトを新調してみよう気にもなった。

腕時計とベルトのことを考えながら明治通りを歩く

 某大型家電店を出て明治通りをJR池袋駅に向かって歩く。すっかり日が暮れた街を歩きながらも、この後どうしようか特にアイデアは浮かばなかった。

 ネットで見て気になった腕時計があって一度どこかで実物を見たいと思っていた。そこで今日、所用の帰りに大型家電店に寄ってみたところ、首尾よく実物を見ることができたのだが、思っていたものとは若干印象が違っていた。想像していたよりもゴツい感じで、それなら10気圧防水ではなく20気圧防水であってもいいのではないかと思えた。

 もちろんこちらの勝手な思い込みであるし、日常で使うぶんには10気圧防水でじゅうぶんなのだが、価格を考慮するとほかの選択もあり得るように感じられてきたのだ。いったん保留にしよう。

 JR池袋駅東口を通り過ぎる。どこかで何か食べようと思ったが、特に入りたいという店もない。人気の一人肉店は逆方向で、戻る気分にはなれなかった。このまま歩き続けて良さそうな店があったら入ろうと思う。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 腕時計はいったん保留にするにしても、だいぶ年季が入ってきた腕時計のベルトを交換したい考えもあった。ベルトのほうも通販サイトで最近チェックしたのだが、恥ずかしながら「NATOベルト」を先日はじめて知った。そしてこのNATOベルトを理解するのは少し時間がかかった。

 NATOベルトは第2次世界大戦中にイギリスのパイロットや航海士、軍人が使用していたベルトであるとされているが、当時の腕時計のストラップ部分は現在のような取り外し可能なバネ式の棒ではなく、本体にがっちりとハンダ付けされたものであったという。したがってベルトは現在のように両側に付ける2本1組みのものではなく、1本のベルトをこのストラップ部分に通してから腕に巻きつける構造になっていたのだ。

 そしてイギリス軍は兵士が使用する腕時計のベルトの耐久性と防水性、そして耐衝撃性の基準を定め、この基準をクリアしたベルトがNATOベルトになったということである。ちなみに“NATO”は北大西洋条約機構であるNATOに由来するものではないともいわれているのだが、もちろんイギリスもNATO加盟国なので“NATO加盟国軍のベルト”と理解しても100%間違いではないかもしれない。

 このNATOベルトの最大の利点はベルト交換が用途に応じて手軽にできることである。しかし昨今は特別な工具がなくてもすぐに外れるようになっているバネ棒も普及しているため、NATOベルトのアドバンテージは小さくなっていると言えるだろう。

 考えながら歩き続けていると駅ビルの百貨店を通り過ぎて飲食店が並ぶエリアにさしかかる。おそらく最近オープンしたと思われるステーキ店が目に入ってくる。山小屋をイメージした外観で、装いも新しく食指を動かされる。入ってみよう。

山小屋風のステーキ店に入りUSビーフを堪能

 店内も山小屋風のウッディーな内装で落ち着く雰囲気だ。照明は若干暗い。テーブル席がメインだが、一人客用のカウンターもある。ラストオーダー間近の時間であったがそこそこお客は入っていた。もうすぐ食事を終えそうな先客がいるカウンターの端の席に案内される。

 目の前にポットとグラスが置かれていて、水はセルフサービスだ。コショウやステーキソース、フォークやナイフも目の前のラックに収められている。紙エプロンと共に渡されたメニューを一通り眺めてみる。ステーキの種類は標準的でサイコロステーキなどもある。ハンバーグはないようだ。

 迷うことなく一番人気のステーキを300グラムで注文。サラダとグラスワインの赤も一緒にオーダーする。

 メニューとは別に席にはステーキと食べ方を説明する冊子が置かれている。軽く目を通してみるとステーキに対するこだわりが感じられる内容だ。コショウ、岩塩、ワサビ、オリジナルソースを使った食べ方もそれぞれ紹介されていていろいろと勉強になる。理解のためのハードルは高いともいえるのだが、そのぶん納得のいく食体験になりそうだ。最初にグラスワインとサラダが運ばれてくる。グラスを傾けつつ、サラダを口に運ぶ。何の文句もない。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 ステーキに関する“うんちく”が綴られたこの冊子を読むかどうかは当然だがお客の自由だ。単純に肉が喰いたくて入店したというお客もいるだろう。その一方でこれから食べるメニューについてなるべく知っておきたいという向きもある。

 普通に考えれば商品やサービスの説明は単純明快でわかりやすいほうが良いに決まっている。時間に追われる人々にとってはなおさらのことだ。しかし興味深いことに、そこに意思決定が伴う場合においては話はそう単純ではないことが最近発表された研究で報告されているのだ。

 米・レンセラー工科大学をはじめとする研究チームが2020年9月に「Journal of Marketing Communications」で発表した研究では、ある意味で驚くべきことに消費者は商品やサービスの購入を決める意思決定において、理解に要する時間がかかる選択肢のほうにより価値を置いていることが示されている。いったいどういうことなのか。


 研究者は不明瞭さ、あるいはメッセージを処理するのが困難であることは、時間を置いた後、そのメッセージに対する人々の評価を高めることを発見しました。

「ほとんどの場合、マーケティングコミュニケーターはメッセージを簡単明瞭にしようとします。しかし、私たちが学んだことは、特に人々が選択をする必要があるとき、実際には不明瞭な刺激によって選択したことは、時間が経つとそれが好きになるということです」

(研究者の)ジャインによって設計・収集された約500人の多様な個人の一次データを使用して、研究者は消費者が意思決定プロセスに費やされた時間を誤解していることも発見しました。長い(時間のかかる)決定は情報を理解する過程で生じたものであると認識するのではなく、プロセスを振り返ってみると、その代わりに消費者は彼らが決定をすることに時間を費やしたと信じています。これにより、消費者は、彼らが下した決定が情報に基づいた価値あるものであると信じるようになります。

※「Rensselaer Polytechnic Institute」より引用


 ステーキが運ばれてきた。ほぼレアではじめからカットされている。鉄板は熱々なので自分で焼き具合を調節できる手筈になっている。300グラムでもじゅうぶんなボリュームだ。想像していたよりもこのアメリカ産の牛肉は柔らかくもちろん美味しい。

※画像はイメージです(筆者撮影)

理解に時間がかかると評価が高くなる

 今日のマーケットには単純でわかりやすい商品・サービスもあれば、理解するのに時間と労力がかかるものもある。また広告やCMなどで言葉巧みに明瞭に説明されているものもあれば、わかりにくい表現で説明されているものもある。

 一般的に考えて、人気の商品やサービスは一目見て単純明快でわかりやすい表現で示されている印象がある。しかしそれを実際に購入するかどうかという立場から眺めた場合、実は“わかりにくい”オプションのほうが高評価を得やすいという驚きの結論が今回の研究で示されることになったのだ。人々は実は“わかりにくい”もののほうが好きということなのか……。

 しかしこの現象は実際のところは人間側の“誤解”であることもまた突き止められている。どういうことなのかと言えば、理解するのに時間と労力を割いた“わかりにくい”ものは、リソースを費やしたぶん意思決定において価値が高いものに思えてくるというメカニズムが働いているというのだ。せっかく時間をかけて理解できたのだから、こっちを購入してみようという気にさせられるのだ。そしてこれは“誤解”であるという。

 しかし“誤解”に基づく意思決定であるからといって、それが間違っているとは限らない。意思決定と選択の良し悪しは別の問題であるからだ。極論すれば自分が満足できる選択ができたと思えればよいのである。

 したがって趣味的要素の強い商品やサービスは単純明快である必要はないのかもしれない。理解するのに時間がかかる“わかりにくい”もののほうが有難味が増すのだとも言えそうだ。“わかりにくい”商品やサービスをそれなりの価格で提供し、ユーザーの満足度がそれなりに高ければまさに「ウィンウィン」の関係が成立する。

 ステーキは最後まで美味しく完食することができた。食べる前に目を通した冊子の通りの食べ方を試してみたりもした。読む時間を割いて理解したぶんだけ満足度が高まったかもしれないが、それはやはり“誤解”というもので、本来このステーキは相応に美味しいのだ。

 そしてこの心理的メカニズムに基づけばNATOベルトもまた理解に時間がかかっただけに、自分の中で評価が高まっているのかもしれない。そしてそれも“誤解”なのである。ついさっきまでは購入する気になっていたNATOベルトだったが、そういうことであればこちらもまたいったん保留にしてみようとも思う。物は試しで買ってみてもよいのだが、そうなるにしてもせっかくこの知見を得たのだから一日二日は判断を保留してみよう。さて、お会計をして店を出ることにしようか……。

文/仲田しんじ

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