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ポジティブな感情を生み出す色、ネガティブな感情を生み出す色、奥深き色彩心理学の世界

2020.10.01

 意外なことに赤がよさそうに思えた――。椅子の話である。

 仕事に使うオフィスチェアを買い替えようかと考え、ネットでいろいろ見て回っているのだが、予算的にも機能的にも相応しい有力候補が見つかった。そして意外だったのが色のラインナップで黒と青に加えて赤もあるのだ。条件反射的にあり得ないと思ったが、よく見るとこの赤いレザーの椅子がなんだかよさそうにも思えてきたのである。

 オフィス用の椅子として赤という選択はないようにも思えるのだが、この椅子はゲーム用の“ゲーミングチェア”としての需要もあるようで、その方面には赤が選ばれているのかもしれない。さてどうしようか……。

飲食店の赤と黄色の看板を眺めながら椅子の色を迷う

 京浜東北線をJR赤羽駅で降りて東口に出る。ここで降りたのはやはり「ちょっと一杯」という理由だ。めっきり日没の時刻も早まり外はすっかり暗い。

 東口を左側に進めば酒好きには説明不要の「赤羽一番街商店街」がある。一帯には有名店が軒を連ね、今では遠くから「昼飲み」目的で来る酒好きも少なくない。ある意味で観光地化が進んでいるともいえる。

 今日はそちら側には行かず、東口を右側に進んでみたいと思う。飲食店が多い街なので、駅前はカラフルな店の看板で溢れている。某ファミレスの黄色い看板や某焼き肉店の赤い看板、2店が軒を連ねているカラオケ店の看板は一方が赤で一方が黄色だ。このように圧倒的に赤と黄色が多い。某居酒屋チェーンの赤い看板も見える。飲食店と赤や黄色は相性が良いのだろう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 駅のこちら側も飲食店が軒を連ねている。というか、ひと頃よりも飲食店が増えているようにも感じられる。

 確かに赤は飲食店にはお似合いかもしれないが、やはり仕事場の椅子の色のことが気になる。来客はほとんどないので人目を気にすることはないのだが、安い買い物ではないので後悔はしたくない。

 黄色い看板のもつ焼き居酒屋が見えてきた。ここはけっこうな老舗居酒屋でお客の入りもなかなかで店内は賑わっている。何を注文しても美味しそうな店だが、しかし今はもつ焼きの気分ではなかった。ガード下の通りを歩き続ける。

 特に案はないままに歩き続けているとガード下には入りやすそうな飲食店が並んでいる。たっぷりした店舗面積の居酒屋と寿司店に挟まれて、小さなイタリアン風の店があった。軒先のメニュー看板を見てみると小皿料理の店であることがわかる。たまにはこういう店に入ってみてもよいのだろう。自動ドアから中に入る。

 奥に向かって細長い間取りの店内で、ほどよいお客の入り具合だ。調理場の前にはカウンターもあったが2人がけのテーブル席に案内される。1人でも入りやすい店だ。とりあえず生ビールを注文して、メニューをチェックする。追って「ニシンの酢漬け」と「エビとアボカドのサラダ」を注文した。

 赤と黄色の看板の飲食店が目立つ赤羽だが、この店は外観も内装もウッド調のダークブラウンに統一されている。なかなか落ち着く店内である。

色が引き起こす感情はユニバーサル

 ブラウンで統一された店内が落ち着くのだとすれば、茶色もまた飲食店には適した色なのかもしれない。こうした色が引き起こす感情について、ドイツで新たな研究が発表されている。赤や黄色、そして茶色に対して抱く感情は、かなりの程度、国や文化を超えたユニバーサルなものであるというのだ。


 科学者は参加者にオンラインアンケートに記入するように求めました。参加者はまた、色のチャートと感情を関連付ける度合いの強さを示すように求められました。その後、研究者はデータの全国平均を計算し、これらを世界平均と比較しました。

「これは重要な世界的コンセンサスを明らかにしました」とオーベルフェルト・ツイステルは要約しました。「たとえば、世界中で、赤は、ポジティブな感情(愛)とネガティブな感情(怒り)の両方に強く関連している唯一の色です」。一方、ブラウンは世界で最も少ない感情を引き起こします。

※「Johannes Gutenberg University Mainz」より引用


 ドイツのヨハネス・グーテンベルク大学マインツをはじめとする合同研究チームが2020年9月に「Psychological Science」で発表した研究では、22の母国語を話す30ヵ国からの4598人の実験参加者を対象に、色と感情の関連を調べるテストをオンラインで行った。収集したデータを分析したところ、色が引き起こす感情には国や言語、文化を超えた普遍性があることが浮き彫りになったのだ。

 実験参加者は、20の感情と12の色の関連の強さを評価したのだが、国や文化を超えてその回答は88%の割合で似通ったものになったのである。色の中で最も強い感情を引き起こすのは赤で、ポジティブな感情としては愛(love)を抱かせ、ネガティブな感情としては怒り(anger)を引き起こすカラーであることが明らかになった。

 つまり赤は強い感情を引き起こす色であり、その感情を食欲に誘導するという意味で飲食店の看板の色として有効に機能するのだろう。

 料理が運ばれてきた。ニシンの酢漬けもサラダも文句なしで美味しい。そして赤が気になっているだけにサラダのミニトマトが目を惹く。追加でグラスワインに、メニューを見て気になった「マグロ尾の身のスパイシー焼き」を注文する。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 色の話に戻れば、赤とは逆に最も感情を引き起こさない色がブラウンであったのだ。ブラウンで統一された内装の店内が落ち着くというのも、特に感情を引き起こされないからだということにもなる。とすればやはりブラウンは飲食店の内装には適しているのだろう。

色が与える心理的影響を探る「色彩心理学」

 赤と同じく、飲食店の看板の色に多い黄色だが、この黄色を見て抱く感情にはやや地域差があるようだ。黄色は「楽しさ(joy)」の感情を引き起こすのだが、北欧などの日照時間の少ない地域においてより強く楽しさに結びついていたのである。一方で日差しが強く日照時間の長い国においては、黄色はそれほど強く楽しさには結びついていなかった。

 しかしながら多かれ少なかれ楽しさの感情を引き起こすのだとすれば、黄色もまた看板には適した色ということになるだろう。そして実際、赤と黄色の組み合わせの看板は街に溢れていると言っても過言ではない。

「マグロ尾の身のスパイシー焼き」が運ばれてきた。おそらく初めて食べる料理だがなかなか美味しい。こうした普段は食べないような料理がこの量で食べられるのは1人飲みにはありがたい。グラスワインを飲み干してしまったのでハイボールをメガジョッキで注文した。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 強い感情を引き起こす赤い色の椅子を仕事場に導入したらどうなるのだろうか。落ち着かなくなるのだろうか、それとも仕事のヤル気が引き出されてくるのだろうか。闘牛士がヒラヒラと翻す赤い布のように、赤い椅子が発奮材料になれば好都合ともいえるが、常にヤル気に満たされるというのもなんだか疲れる話ではある。

 一部では「色彩心理学」という色が与える心理的影響をさまざまな分野に活用する試みもある。工場やオフィスなどの仕事の現場ではベージュやパステルカラーなどの質素な色に統一したほうが作業に集中できるともいわれ、また工場ではそうした淡いトーンで統一することで、いざという時の赤い消火器や火災報知機が目立つという実益もある。

 では作業をする場所では落ち着いて仕事に集中するためにも、奇を衒わずにやはり無難な色に統一したほうがよいのだろうか……。もちろんだが今後も今まで通り、滞りなく着々と仕事を進めていかなくてはならない。

 ……だが、我が仕事場を改めてよく見てみれば、デスクや家具類などどれも地味で古いものばかりである。ある意味では落ち着き過ぎる空間になっているのだ。この場所で今まで通りの仕事はできると思うが、何か新機軸を打ち出そうという気持ちがあるのであれば、この色褪せた仕事場にちょっとした“新風”を呼び込んでみてもいいのかもしれない。

 ハイボールのメガジョッキは飲み応えがあってなかなか減らない。まぁゆっくりと飲むことにしよう。店を出た後にそのまま直帰するかどうかという些末な問題にも考えがめぐりはじめる。そういえば赤羽には他所で飲んできた者は入店禁止の老舗立ち飲み店もあった。その店はまたの機会に訪れればいいだろう。

 ……ともあれ、新しい椅子は赤いレザーのものにする決意はほぼ固まった。勝手知ったる旧態依然の仕事場に、小さな変化を呼び込んでみてもいいと思えるようになったのだ。実際に赤い椅子が届いて部屋に置いてみるまでは、仕事場がどんな光景になるものなのか、少しピンとこない側面もある。しかしちょうどよい例が目の前に広がっていた。赤い椅子はもうすぐ食べ終えるこのサラダのミニトマトのようであるかもしれない……。

文/仲田しんじ

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