
■連載/Londonトレンド通信
ダイアナ・ロス、スティヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソン等々を発掘し、ヒット曲を放ち続けたモータウン・レコードは、控えめに言っても一時代を築いたレーベルだ。アメリカのみならず、イギリスのビートルズやローリング・ストーンズにまで影響を与えた。結果、黒人差別がまかり通っていた時代に、その認識を変えた。音楽界のみならず、世界を変えたとも言える。
9月18日公開の『メイキング・オブ・モータウン』は、そのモータウン・レコード正史ともなるドキュメンタリーだ。というのも、語り手となっているのが創設者ベリー・ゴーディJr.その人なのだ。
モータウン・レコードの始まりは、デトロイトの一般住宅だった。冒頭の写真にある通り、近隣の家と比べても取り立てて大きくもないゴーディ宅の1階部分がオフィスになった。デトロイトが自動車産業の地であることから、自動車の町=モーター・タウンからの命名だ。
そんなちっぽけなレーベルが、まるで磁石のように才能ある人々を吸い寄せ、世界的ヒットを連発していく様は、ある種のミラクルを見ているようだ。
まだ丸みの残る顔立ちのマイケル・ジャクソンが、その幼さとはそぐわないキレのある動きで踊りだす。ローティーンだったスティーヴィー・ワンダーの即興演奏が、観客を熱狂させる。今でこそスーパースターとして知られる彼らだが、その頃はただの子供だ。その子供たちが天才を発揮して見せる場面は、オリンピックで世界記録を出す選手を目撃している時のような感動がある。
なぜ、モータウン・レコードには、それができたのか?
自動車の製造過程がヒントになったというのが、ゴーディ本人の弁だ。車の最初はフレームがあるだけ。そこにエンジンや諸々を搭載し、最終的にはピカピカの新車となって出荷されていく。もともと音楽的な素養を持ちながら、一時期、自動車工場で働いていたゴーディは、その製造過程から閃いたという。
確かに、モータウン・レコードの門戸を叩いた誰かに、良い曲を与え、振付けし、衣装や化粧で飾り、歌手として売り出していくのは、似ていなくもない。
だが、何よりもまず、ゴーディに確かな目が備わっていたことにつきる。フレームがしっかりしていることが基本にしろ、そこに何を搭載すればいいかがわかるのだ。
映画の冒頭近くでは、黒人向けの新聞を白人に向けても売ることで一儲けしたというゴーディの少年時代の逸話も披露される。もとからビジネス・センスも備わっていたようだ。
そして、デトロイトには、ゴーディのように自動車工場で働く、音楽的素養のある出稼ぎ労働者が山ほどいた。そのへんの教会やストリートで、高いレベルの演奏が行われている町だった。
そんな場所に才能を見極める目と商才にたけた人物が現れ、そこにダイヤの原石たちが自ら集まってきた状態がモータウン・レコードとも言える。
作曲もするゴーディは、モータウン・レコードを起こす前にヒット曲を手掛けたこともあった。だが、スモーキー・ロビンソンに出会い、その曲作りの才能に脱帽、ミラクルズのシンガーだったロビンソンは、モータウン・レコードの副社長になる。
才能を信じ、託すゴーディの姿勢は、モータウンのものともなった。当初、ヒットなしスプリームスとからかわれていたスプリームスがやがて大ヒットを飛ばし、メンバーだったダイアナ・ロスはソロでもスターになった。人に対してだけでなく、曲にも同じ処し方をしている。良いと思う曲は、何度でも歌手を変えて売り出した。才能ある人、優れた曲は、売れるまでやるのだ。実際に売れたのだから、見る目に間違いがなかったということだ。
ブラック・ミュージックで知られるモータウンだが、それを支えていた裏方には人種、性別問わない人々がいた。できる人であれば女性でも要職に就かせたし、その強面からマフィアではと噂される人物が、逆にそのイメージを利用して対外的に強気でいった逸話なども紹介される。ミュージシャンばかりでなく裏方も個性派ぞろいだ。
そうやって快進撃を続けたゴーディとロビンソンによるモータウン・レコードにも、終わりの時がやってくる。今年91歳になるゴーディは、まだまだ活力にあふれ元気だ。それが、終わり頃の話をする時にはしんみりした調子、あの時、ああしていたら、今も…という悔恨さえ見て取れる。
終わりを迎えた理由についてゴーディには尽きぬ思いがありそうだが、一言で表すと時代が変わったのだ。逆に言えば、時代、場所、人がこれ以上ないほどピタリとはまって大きく回転し始めたのがモータウン・レコードだったようにも思える。やっぱり、ミラクルだったのだ。黒人差別を軽々と踏み越えたゴキゲンなミラクルだ。
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文/山口ゆかり
ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。http://eigauk.com
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