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犬が死んだのに可愛い写真が一枚もなかった。

2020.08.28

犬が死んだ朝

部屋の中に散乱しているカメラの入った箱や付属品を眺めて呆然としている。何やってんのかな、と思う。

壁から見下ろしているブレボケ写真の柴犬・健太君も「しょうがないねえ」と呆れているみたいな顔をしている。

健太君は子どもの頃からずっと私のそばにいてくれた犬で、つい先週、介護の甲斐なく老衰で亡くなってしまった。亡くなって葬儀をした後、遺影を飾ろうとして探したのに、可愛い写真が一枚もなかった。

17年も生きていて、そんなはずないだろうと、両親と弟で家中を探した。スマホやもう使わなくなったガラケーの写真もぜんぶ探したけれど、健太君の遺影にできるような素敵な写真は一枚もなかった。

仕方なく私が昔使っていたガラケーの画像を紙焼きしてもらったものを壁に貼っているけれど、健太君らしくない。

なぜ私はあんな可愛い犬の写真をもっときちんと撮っていなかったんだろう。亡くなった喪失感は激しかったけれど、それ以上に、「手元に遺影として満足できる写真が無い」ということが悔しくてならなかった。

毎日顔を合わせて、毎朝毎晩、散歩に行っていた仲だから、しぐさやにおい、表情はしっかりと記憶に残っている。それでもやはり、写真で姿を残しておけばよかった。今はこんなにはっきり憶えているけど、いつか忘れてしまうかもしれない。その時、犬らしい仕草や可愛い表情の写真さえあれば、映像を頼りに思い出すことができたのに。

健太君は病気もほとんどしない丈夫な柴犬だった。柴のような日本犬は感情を隠すと言われるけれど、健太君はひとなつこく、感情表現が豊かな犬だった。私と弟によく甘えてひっついてきた。あのかぐわしい匂いやくすぐったい被毛の感触はもう二度とかえってこない。

もちろん、「もっと遊んでやればよかった」とか、「もっと寿命を延ばすために何かしてやれただろう」という思いはあるけれど、心のどこかに「これでよかった」と納得している部分がある。

でも写真に関しては、私は自分が許せない。カメラなんていくらでも手に入るし、撮るのも簡単だ。なのに、私はきちんとした写真を撮っておかなかった。写真の大切さを認識していなかったのだ。

弟と協力して、家中の写真をかき集めて、遺影用の可愛い写真を選んだ。子犬の頃のフイルム写真が数束と、犬連れの家族旅行の写真が何枚か。あとはガラケーとスマホに残っていた映像で、どれもあんまり可愛くない。弟も「どれも健太君なんだけど、なんかちょっと違う」と悲しそうだった。

激しい後悔とともに秋葉原の家電量販店に駆け込んで買ったのがこのカメラだ。一眼レフ何それ、ミラーレスって美味しいの?って感じの私に、店員さんは丁寧に説明してくれて、「初心者向けで」とか「お値段手ごろ」みたいな商品をすすめたけれど、私はちゃんとした一流のカメラが欲しかった。

独特の新品の匂いがするカメラの箱を開け、たくさんの付属品をひっぱりだして、確かめていたら、涙があふれた。このカメラであの子を撮りたかったな。

いまさら遅いのに、何やってんだろう。それに店員さんも驚くほどのハイスペックなカメラを買っちゃったよ。カメラで30万円って、宝石や時計を買う値段じゃん、ばか。私のばか。ばか。

くやしいけど、もう二度と同じ間違いは繰り返さない。このカメラで私は愛しいものの映像を残すのだ。家族、これから新しく出会うかもしれないペット、家、好きな本、気持ちの動いた風景。あとで「写真があればよかったのに」と後悔しないように、撮りまくってやる。

まずは使い方の勉強からだ。スマホでメーカーの主催しているカメラ教室に申し込む。壁の写真の健太君はあいかわらず「やれやれ」という顔をして見下ろしている。

文/取材 柿川鮎子

「犬の名医さん100人データーブック」(小学館刊)、「犬にまたたび猫に骨」(講談社刊)、「動物病院119番」(文藝春秋社刊)など。作家、東京都動物愛護推進委員)

構成/inox.

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