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かけがえのない〝ひと夏の思い出〟をより詳細に思い出す方法

2020.08.29

 夏の思い出を作ろうという意欲がなくなって久しいのだが、それでも思い返せば良かったと思える夏の思い出はある。かつての夏にバイクで訪れた千葉・房総半島の館山は夏の思い出になる旅だった。

“夏の思い出”に浸りながら立ち飲み屋に入る

 あまり言いたくはないがやっぱり外は暑い。日は暮れたものの都会のコンクリートジャングルの真っ只中では熱が篭りきっている。

 JR水道橋駅近くを歩いていた。調べものの用事があり、今はその帰りだ。灼熱の太陽に焼かれたアスファルトの熱がゆらゆらと立ち昇り、全身が熱気に包み込まれる。外に長くはいられない。

 良い夏の思い出となった館山ツーリングを思い出すと、道中で食べた房総の海の幸がよみがえってくる。そしておのずからうまい魚が食べたくなるというものだ。ちょうど辺りは飲食店が多い一帯で、どうやら素通りして帰れそうもない。どこかに入って魚料理で軽く一杯やってから帰ろうと思う。

 雑居ビルの入り口のガラス戸に、歩いている自分の姿が写っていた。タックインせずに今着ているシャツの丈が少し長いようにも感じられた。シャツの着丈のことなど気にしたこともなかったが、自分の全身を客観的に見ればいろんな気づきがあるものだ。

 この界隈には人気の立ち飲み店があることは知っていて、なんとなくそこを目指して歩いていたのだが、その途中に“魚”の文字が入っている店名の店があった。窓越しに店内を覗いてみれば、ここも立ち飲み店であることがわかる。ここにしよう。

 店内はけっこうな人の入りだったが、幸いにも出入り口に一番近いテーブルが空いていてそこに立つことができた。客の大半は近くの会社に勤めるサラリーマンのようだ。ドリンクはセルフサービスで、冷蔵ケースからホッピーを取り出し、渡された氷入りのジョッキに焼酎を注ぐ。まずはここの一番の名物であると謳われている刺身の升盛を注文する。

三人称視点で記憶を呼び覚ますと細部まで思い出せる

“夏の思い出”である館山ツーリングを思い返してみると、道中で食べた美味しかった寿司屋がどのあたりにあって、どのタイミングで入ったのか、記憶があいまいであることに気づかされた。あるいはまったく別の寿司屋をその店だと思い込んでいる可能性もないわけではない。

 升盛がやってくる。文字通り升に盛られた刺身だ。予想していた以上に食べ応えがありそうだ。黒板メニューで気になったイカのバター炒めを追加で注文した。さっそくひと口食べてみると、魚への欲望が高まっていた時だけに余計に刺身がうまく感じられてくる。

※画像はイメージです(筆者撮影)。

 館山の寿司屋について、帰宅すれば自室のパソコンの画像データを調べればわかるが、記憶があいまいであることに気づかされるのはなんだか気持ちが悪いものだ。あいまいな記憶をクリアにできる何かいい方法はないのだろうか。

 ここに気になる最新研究がある。イギリスのサセックス大学とカナダのアルバータ大学の研究チームが2020年5月に「Cortex」で発表した研究では、記憶を思い出すときに自分か見た光景をそのまま再現する一人称視点の場合と、自分を客観視する三人称視点から状況を思い描く場合とでは、脳活動が異なっていることを報告している。そしておそらく三人称視点で思い出したほうが、細部までよく思い出せると示唆しているのだ。


 具体的な研究結果は、自分の視点ではなく、観察者のような視点から記憶を想起すると、前海馬と後内側ネットワーク間の相互作用が大きくなることを示しています。

 観察者(三人称)のような視点を採用するには、過去を斬新な方法で見ることが必要とされます。それは、記憶の詳細を想起し、心の目の中に精神的なイメージを再現する能力をサポートする脳領域間のより大きな相互作用です。

 過去を遠くから見ることで、私たちが感じる感情の強さを減らすことができることから、厄介な思い出に対処する効果的な方法になるかもしれません。

※「University of Alberta」より引用


 研究チームは記憶を思い出している時の脳活動を詳細に分析し、自分を第三者の視点から客観的に眺める三人称視点で過去の記憶を思い出すと、脳内の前海馬と後内側ネットワーク間の相互作用がより活発になることを突き止めた。この2つの領域の結びつきが強まることで、記憶の細部を思い出せるようになり、さらに記憶をわかりやすいものへと再編集できるようになるということだ。

過去の自分を第三者の視点から癒す

 街中の建物のウィンドウに映った自分を客観的に見て時には先ほどのような気づきがあるように、記憶の中の過去の自分を第三者の視点から眺めてみることで記憶がより鮮明によみがえるのだとすれば興味深い限りだ。

 研究チームはさらにこの第三者視点で記憶を思い出すことは、心理セラピーにも応用できることを指摘している。トラウマやPTSD(心的外傷後ストレス障害)の原因となる体験について、自分の視点からそのまま思い出すのではなく、第三者視点で思い出すことで感情を抑制できるようになるという。

 言うまでもなくPTSDは単なる個人の疾患というだけでなく、大きな社会問題になっている。アメリカではイラク戦争の帰還兵の3分の1がなんらかのPTSDを患っているともいわれ、その前のアフガニスタン戦争とベトナム戦争の帰還兵のPTSDもまだまだ根深い問題だ。

 日本では東日本大震災の被害体験からPTSDを発症するケースが報告されていて、被災から数年が経ってから発症する例もあり予断を許さない。今回の研究に従えば、被害を被った過去の自分を第三者の視点からいかに癒してあげられるのかが鍵であるのかもしれない。

 と、そこへイカのバター炒めが運ばれてくる。香りもよく期待通りの美味しさだ。個人的にはイカリングの部分よりもゲソの部分のほうが好みだ。

※画像はイメージです(筆者撮影)。

 では試しに第三者の視点から楽しかった“夏の思い出”である館山ツーリングを思い出してみようと思ったが、今はふさわしくないようにも思える。ここは暫し酒と肴を楽しむことに集中してから熱帯夜の中を帰路につくとしよう。たいしたことはしていない日だったが決して悪くない1日である。後から振り返ってみれば地味ながら今日が“夏の思い出”になる可能性だってあるのだ……。

文/仲田しんじ

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