
男女関係のもつれを発端とするセンセーショナルな事件は、国も時代も文化も超えて人々の注目を集めるものだ。
世の中の誰もが自分事として捉えやすく、強い感情を呼び起こすテーマだからだろう。その分、主観的かつ感情的な意見が飛び交いやすいという問題点もある。
Amazon Prime Videoオリジナルの『ロレーナ事件 ~世界が注目した裁判の行方~』は、夫から性的DV(ドメスティック・バイオレンス)を受けていた女性が、夫の局部を切断したという衝撃的な事件の経緯をまとめたドキュメンタリーシリーズ。2019年に配信された。
あらすじ
1993年、バージニア州マナサスで起こった“ロレーナ事件”。白人の夫ジョンから数年間にわたってDVを受けていたヒスパニック系の主婦ロレーナ・ボビットは、ある夜ジョンが就寝中に彼の局部を切断した。
ロレーナは夫の局部を持ち去り、草むらに投げ捨てた。しかしジョンはすぐに病院で手術を受け、一命を取りとめた。
このショッキングなニュースが報じられると、たちまち全米で話題となった。ロレーナとジョンは、好奇の目に晒され、ジョークのネタにされ、女性差別や人種差別についての激しい論争も巻き起こした。
ロレーナを被告人とする刑事裁判では、ロレーナが長年のDVによる恐怖から“抵抗不能な衝動”にかられ、心神喪失状態にあったかどうかが争点となった。
当事者二人の生い立ちと主張、関係者へのインタビュー、そして二つの刑事裁判(妻に対する強制性交罪と、夫に対する傷害罪)の結末を、全4エピソードにわたって解説している。
見どころ
あるときはジョークのネタとして嘲笑され、あるときはDVや人種差別に立ち向かった勇気あるヒスパニック女性として祭り上げられ、またあるときは猟奇的な犯罪者として罵られたロレーナ。
事件についての新たな事実が一つひとつ明らかになるたび、世論は暴力的なほどのアップダウンを繰り返した。
平穏に暮らすことを願ってネイルサロンで懸命に働いてきたごく普通の女性だったが、意図せず有名人となってしまったことで、ロレーナは精神的に追い詰められていく。
密室で夫婦間に起こった出来事を立証することは、非常に難しいと言われている。
しかもロレーナの証言内容や振る舞いには一貫性がなく、陪審員も混乱していたようだ。
今でこそDV被害者の“共依存”という心理状態は広く知られるようになったが、当時はなぜ彼女が激しい暴力を受けながらも夫から離れようとしなかったのか、なかなか理解を得られなかったのだ。
人々は、個人的な体験をもとに“ロレーナ事件”に感情移入や自己投影を行った。
様々な立場に置かれている人々の、一人ひとりの想いまでもが暴走し、客観的かつ冷静な事実判断が難しかったことも赤裸々に描かれている。
当初は夫婦の痴話げんかの延長として報じられたロレーナ事件だったが、エピソードの後半では、深刻な社会問題と密接に絡んでいることも丁寧に解説されている。
被害者である女性はもちろんのこと、加害者である男性にとっても、DVは個人の努力でどうにかできる問題ではない。自己責任で済ませてはいけない問題なのだ。
この事件をきっかけに、アメリカではDV防止法が制定された。
DV当事者の心理についての正しい認識、虐待の連鎖、適切な報道のあり方……沢山の重大なテーマを問いかけてくるドキュメンタリーだ。
『ロレーナ事件 ~世界が注目した裁判の行方~』シーズン1
Amazon Prime Videoで独占配信中
文/吉野潤子