
■連載/Londonトレンド通信
このところ、急激に観られている映画がある。
エイヴァ・デュヴァーネイ監督のドキュメンタリー映画『13th -憲法修正第13条-』(2016)だ。
「この3週間で、数百万のメンバー(その前の3週間より4,665%増)が観た」と、Netflixは6月16日にツイートしている。メンバーということはNetflix加入者内の数字だろうが、約50倍の人が観ているのだ。
ツイートには「教育的リソースとしてYouTubeでも無料で視聴可」ともある。YouTubeには原題『13th』であがっていて、日本からも観られる。投稿は4月17日で、こちらも数百万という単位の視聴数に達している。
この突然の視聴者増には、はっきりした理由がある。
BLM運動の高まりだ。黒人男性が白人警官の行き過ぎた拘束により命を落としたアメリカでの5月25日の事件から、運動は瞬く間に広がった。
BLM、Black Lives Matterは、2013年に黒人少年が白人警官に射殺された事件に端を発した活動と、その活動組織を指す。黒人への差別、国家による構造的な人種差別の撤廃を訴えてきた。
アメリカの構造的な人種差別とは何か?
その答えが『13th』なのだ。奴隷制度廃止に抜け道を作った憲法修正第13条と、そこから連綿と今に続く数々の制度、政策が、多くの記録映像とインタビューから解き明かされる。
「Black Lives Matterへの明快な声、アメリカの人種に関する状態への恐るべき告発。緊急、必然で観るものだ」と、2016年当時のロンドン映画祭ディレクター、クレア・スチュワートは評した。
それから4年を経て、追い風が吹いた形の『13th』だが、そもそもブラック・ライブズをマターにし続けていたのがデュヴァーネイ監督だった。
「私にとって映画は活動です。大事なことを言うためのものです」と、デュヴァーネイ監督は2015年のベルリン国際映画祭で宣言している。
キング牧師として知られるマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの実話を基にした映画『グローリー/明日への行進』会見での発言だった。写真は会見時、コルマン・ドミンゴ(奥、ラルフ・アバーナーシー役)、デヴィッド・オイェロウォ(手前、キング牧師役)に囲まれてのもの。
『グローリー/明日への行進』は完成までに7年をかけた労作で、その間にドミンゴとオイェロウォはそろってスティーヴン・スピルバーグ監督『リンカーン』(2012)にも出演している。
「2つの映画で『僕たちはいつになったら投票できるんだ』と大統領に問うている。百年も間が空いているのに同じことを問い続けている」と、オイェロウォは会見で語った。リンカーンが大統領だったのは1860年代、映画中で描かれるキング牧師の行進は1965年のことだ。
デュヴァーネイ監督は、配給も手掛ける。自身の長編デビュー作に配給会社がつかなかったことから、2010年にAFFRM(African-American Film Festival Releasing Movement)という会社を立ち上げ、2015年にARRAY(配置、配列、態勢を整えるなどの意)にリニューアルした。
「映画は活動」という信条は、配給映画のチョイスにも見て取れる。中に、日本の新人監督作がある。
ニューヨークを拠点に活動していた福永壮志監督の長編デビューとなる『Out of My Hand』(2015)だ。リベリアのゴム農園での報酬の少ない過酷な労働と、そこから抜け、わが子の将来の基盤を作ろうと単身アメリカに渡るも、別の困難に直面する男が描かれる。
デュヴァーネイ監督は、ARRAYとして最初に配給する映画の1本となったこの作品の、プロモーションにも力を入れた。アメリカ公開時には福永監督とテレビ出演もしている。
『Out of My Hand』はその後『リベリアの白い血』として日本でも公開され、現在はDVD化、またAmazon Prime Videoで配信もされている。
ニューヨークで移民に題材をとった福永監督は、次の作品では自身の故郷である北海道でアイヌに焦点をあてた。完成した映画『アイヌモシリ』は、この秋の公開を待つ。
デュヴァーネイ監督の方は、コリン・キャパニックを主人公にした『Colin in Black & White』シリーズ配信が、Netflixから発表された。
キャパニックは、人種差別への抗議として国歌斉唱時に起立しなかったことでも知られるアメリカンフットボール選手だ。
追い風が吹こうが吹くまいが、デュヴァーネイ監督はこれからも変わらず、映画を通して声を上げ続けていくのだろう。
文/山口ゆかり
ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。http://eigauk.com
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