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ボルボが全車に180km/hの最高速度規制を設定した理由

2020.06.12

■連載/金子浩久のEクルマ、Aクルマ

 ボルボは、これから製造するすべてのクルマに180km/hの最高速度制限を設けると発表したのは、既に@DIMEでも紹介している。今回はそれの意味するところについて、掘り下げてみたい。

 これは画期的なことではないだろうか。今まで、法律や各種の規制などによって、クルマの最高速度が定められることはあった。代表的なものは、日本での日本車だ。300km/h近く出せるように造られている、あの日産「GT-R」でも日本国内仕様では公道で180km/hまでしか出せないように規制されている。国土交通省とメーカーによる“自主規制”という人為的な制限によって、仕方なく角を矯められているのである。

 しかし、今度のボルボの決定はメーカー自ら進んで「180km/h以上出るクルマは造りません」と宣言し、その通りにすると言っているのだ。180km/h制限だけでなく、「ケア・キー」を設定し、さらに低い速度を任意に設定することもできる。ビギナードライバーや高齢者など、オーナーの判断によって家族の別のドライバーが運転する際の最高速度をさらに引き下げることすらできるのである。

 ボルボ・カーズ ジャパンの決定は、とても大きな意味を持っている。自動車が生まれて130年以上経つが、その歴史の流れを大きく変える転換点にもなり得ると思う。

 どういうことかと言うと、最高速の多寡はクルマの魅力や商品性を表す最も大きな要素のひとつだった。100km/hよりは120km/h、120km/hよりは150km/h、150km/hよりは200km/hといった具合に、それをユーザーが出すか出さないかは別として、最高速度が高ければ高いほど、そのクルマの価値は上がった。高い最高速度は高性能の指標であり、進化の証だ。同じように、0-400mや0-100km/hなどの加速タイムを短くしていくことも同様だ。

 他にも、燃費値やサーキットのラップタイムなど数字で表すことのできる指標を向上させることが自動車130年の歴史そのものであり、人々がクルマに魅せられるダイナミズムだった。スピード追求の大義名分もあった。

「速く走れば、移動時間を短縮できる」

 実際に、日本よりもインフラの整ったヨーロッパでは、速いクルマはより早く、かつ快適に目的地に到着することができる。ヨーロッパをクルマで移動してみれば、高性能に意味があることが誰でも体感できて納得できるはずだ。その究極の姿は、ドイツのアウトバーンだ。短くなったとはいえ、速度無制限区間が存在している。

 日本のように、漫然と追い越し車線を走り続けるクルマはいないから、アウトバーンの追い越し車線では200km/h以上で走り続けるクルマばかりだ。もう30年以上前に初めてヨーロッパに行った時にフランクフルト空港のハーツ・レンタカーでBMW 520iを借りた。カウンターでスタッフが料金と性能を記した表を指さしながら、訊ねてきた。

「このクルマは最高速度が185km/hだが、もうワングレード上の530iは200km/hになる。さらに上級の540iは215km/h出る。どれにするか?」

 グレードが上がれば大きなエンジンを積んでいるわけだから、当然、最高速は上がるだろう。なぜ、わざわざそんなことを訊いてくるのかちょっとわからなかった。

 しかし、アウトバーンを南下し、アルプスを越えて地中海沿いのニースまで約1000km走って着いた時には、理由がわかった。アウトバーン上では工事や山間部など130km/hや100km/hなどの速度制限が敷かれている区間以外、当時はまだ無制限区間が長かったから、520iは最高速の185km/hでずっと巡航できた。フランスに入ってからも最高速度の130km/hプラスアルファで走り続けた。

 そんなハイスピードで巡航できることがアウトバーンの驚異なのだが、その時に僕らの520iを整然と追い越していくクルマがたくさんいたことにもっと驚いた。それらは、520iよりも高性能な、高出力のエンジンを積んだクルマばかりだった。スポーツカーやスーパーカーはむしろ少なく、BMWやメルセデスベンツ、アウディなどの実用的な4ドアセダンやステーションワゴンなどのパワフルなエンジンを積んだモデルばかりだったのにも驚かされた。

 ニースまでの1000kmを、途中で食事や給油したりしながらも12時間ぐらいで着いてしまった。日本での移動に較べたら驚異的に早かったが、それでも必死に走った感はなかった。走りやすく、貧弱ではない道路環境と、当たり前にコミュニケーションが取れている他のドライバーたちのおかげだ。

 そして、僕らを追い越して行ったクルマたちは、12時間を11時間、あるいは10時間などもっと短い時間で走り切ったのだろう。ヨーロッパでは高性能車に意味があって、その高性能は実用性能だった。初めてのヨーロッパから大きな洗礼を受けた。

 同じモデルのクルマでも、より高出力のエンジンが搭載されたクルマはその出力が高い分早く目的地に到着し、“時間を買う”ことができるわけで、エグゼクティブたちはそこに高級車の価値を見出している。カーマニアの見栄や自己満足のために存在しているわけではない。速い最高速は移動時間を短縮する。ヨーロッパの自動車社会を成立させている基本原理だ。

 今回のボルボ・カーズ ジャパンの決定は、その原理から自ら離脱しようとするもので、その分のリソースをこれまで以上に安全への取り組みに軸足を移していくことになる。これをどう評価すれば良いのか?

 筆者は英断だと高く評価したい。最高速度の抑制は、これまでのクルマと自動車社会のあり方を見直す大きなキッカケになるからだ。それは、最高速度の向上による移動時間の短縮という“スピードの論理”だけに頼らなくても、自動化や電動化、インターネットへ常時接続などの新しい課題を実用化し続け、新境地を開拓していくことによって総合的に効率化を図れるからだ。最高速一本槍の“スピードの論理”だけでなく、他の手段によっても移動時間を短縮し、その上、移動時間を有効に使える道筋と見通しが立ったからではないのだろうか。

 クルマ好きとしては、ちょっと寂しい気もしてくる。45年前のスーパーカーブームの時に、「ランボルギーニ・カウンタックの最高速は300km/hだけど、フェラーリ・365GT4BBは302km/hだ」と、実物すら見たことがないのにワクワクさせられていたのは、スピードが持つ根源的な魅力ゆえのことだったのだろう。

 今後も、ごく限られたハイパーカーの世界では最高速度競争は続けられていくことだろう。106台が限定生産されるマクラーレン・スピードテイルは403km/hで、ブガッティ・シロン スーパースポーツ300+は実際に490.484km/hを記録した。これらは最高速度のための最高速度である。移動時間を短縮する論理は、そこにはない。なくても構わない。所有することが目的となる特別なクルマだからだ。

 一般的なクルマは関係ない。ボルボのように宣言しなくても、実質的に最高速だけ向上させることのナンセンスに気付くメーカーも出て来るはずだ。

 クルマは自動化と電動化とコネクティビティによってコモディティ化する大多数のクルマと、趣味嗜好のために存在するハイパーカーのようなものと二極分化していく。そうした、止めることのできない大きな潮流の一端をボルボの決定は象徴しているように見えてくる。

■関連情報
https://www.vcj-press.jp/pressrelease/20200520

文/金子浩久(モータージャーナリスト)

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