
世界的ゲームクリエイターにとっての「いい仕事」とはどんな仕事か。なぜゲームを作るのか。制作することの楽しみはもちろんのこと、根底には深いねらいがあった。
先日、2020年2月19日に開催された、コンテンツ・ディレクター若林恵氏を代表とし、ソニーがパートナーとして手掛けている「trialog(トライアログ)」のトークイベント、trialog vol.9「クオリティとミッション」で、「メタルギア」「DEATH STRANDING(デス・ストランディング)」の制作者である小島秀夫氏が3者トークに参加。そこでは小島氏のゲーム制作における根底にあるものが分かった。そのトークの一部を抜粋しながら紹介する。
「デス・ストランディング」の制作背景
本イベントのトークセッション「QUALITY クオリティはどこまで追求するのか。」では、小島秀夫氏と、クリエイター・プロデューサー・大学教員などの肩書を持つ水口哲也氏と、若林恵氏の3者がトークを交わした。その小島氏の印象的な発言についてピックアップしよう。
小島 秀夫氏
1963年生まれ。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。87年、初めて手がけた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、『メタルギア』シリーズで世界的な人気を獲得。2015年末コジマプロダクションを立ち上げ、企画・脚本・監督・ゲームデザインを行なったノーマン・リーダス主演の新作『DEATH STRANDING(デス・ストランディング)』(PlayStationR4用ゲームソフト)を2019年に発売。
●作っているものは30数年同じ。ものづくりをすることが僕の使命。
―最新作の「デス・ストランディング」の制作は、ご自身で会社作られたことで大変だったのでは。表現の部分や、作るプロセスなど、一番のチャレンジはどんなことだったのでしょうか?(若林氏)
「チャレンジというかね、これもよく聞かれるんですけど、作ってるものはゲームでして、同じなんですよね、今まで30数年。まあハードの進化はあるんですけど、プラットフォームも変わってますけど、作っているものも同じなので、そこで苦労とかはあまり感じなかったですね。
まあ、今回新しくチャレンジという意味では、ゼロから事務所を探しつつ、借りてもインテリアとかをどうするか、壁紙をどうするとか企画して、人を募集して面接しつつ、ものづくりをする、そこはちょっと新しいところはありましたけど、作ってること自体は、そんなに変わらないですね。ものづくりをすることが僕の使命だと思っているので、それしか考えてない。結果的に、商品があって収益があるというか。そこは同じ感じです」(小島氏、以下同)
●昨日作ったものを次の朝見ると嫌。ゲーム作りは終わりがない。
―今はある程度、自分でコントロールできる中で、自由度という意味では広がりはあったんですか?(若林氏)
「それは一緒ですね。スケジュールを見合わせてしか、ものは作れないので。僕、そもそも完璧主義者なんです。一人で絵描いたりすると、その日はよくても、一晩寝て次の朝見ると嫌。なんでかっていうと、自分は毎日変化しているんで。世の中も変化してるし。昨日の時点で最高と思ったものも、一晩寝ると嫌なんですね。それを直す。次の日、また寝ると、また直す、終わらないんです。なんであがるかというと、スケジュールがあるから。ほぼ妥協というか、言葉はよくないですけど、スケジュールがあるからこそ、そこまでにできることを全力をかけてやると。なのでクオリティのラインとか、すべてを上に上げます。しめきりを見越して優先順位をつけてやるしかない。じゃないとあがらない。特にデジタルなんで、(キャラクターの)全身を変えられるんですよ。ずっといじってます。いじることが楽しい。完成したら次の日どうなんねん、って不安になりますよ。もう遊べないですもんね。さみしいですね。スタッフとかは喜んでますけどね」
ゲームの中で完結してほしくない
―(クリエイターとして)一番嬉しいのは、やっぱり感動して、新しい視点を得て、自分の人生が少し変わるとか、ふるまいが少し変わるという風になったらといいなと、小島さんもそう思っているはずなんですよね。ですよね?(水口氏)
「ゲーム作りの根源はそこにありますね。『面白い』とか『時間を忘れる』というのは重要ですけど、やっぱりそこに自分が没入して、そこで考えて、ゲームの中で完結してほしくないんですよね。面白かったとか、ストレス発散とか、カタルシスとかはあると思うんですけど、ゲームの中で体感して感じたことを自分の世界に持ってきて、それで得をしないと。自分の見方が変わるとかっていう、そういうことをしたかった。なぜかというと、そういう体験を映画とか小説で僕はもらったんで。学校の先生、ろくな人はいなかったんですけど、本とか映画とかを見たらそういう体験ができました。まあ9割はあまりよろしくない作品なんですけど、中にはそういうものもあったんです。
本当は世界中を旅して、インド旅行行ったりとか、友達作ってとかすればいいんですが、なかなかできませんしね。手っとりばやいのは、映画とか。ゲームはもっと深いところまでいけますし。実際にはできないことがフィクションではできるんですよ。自分とは違う性になったり、職業になったり、宇宙人になったり、過去の人になったりできるんで。仮想であっても、やっぱり自分の人格には影響してくると思うんで。」
選択軸は自分を信じること
―今まで選択を迫られたことがある場合、何を軸に選んできたのですか?大切にしてきたことは?(若林氏)
「自分を信じるしかない。自分に返ってくるんでやっぱり。新しいことやるときは、ものすごい猛反対にあいますんで」
―それって、あやふやなときはあるんですか? 自信がないんだけど…といったように。それってどういう風に確固たるものにしているんですか?(若林氏)
「ありますよ。確固たるものがないと、ものは作れないんで。そんな中でも、周りの人がネガティブなことを言ってくると、結構自信なくすこともあります。まあ自分が間違ってるときもありますけどね。そういう意味ではクリエイターってすごく孤独です。特に企画者は責任を負うんで。意見を聞くのは聞きますけど、決めるのは自分ですね」
「ものを作りたい人はプロデューサーもしないとできません。いいプロデューサーなんていません。自分が満足いく、あるいは作りたいものを作るには、自分がプロデュースもして、細部も見て、お金勘定もするしかない。これは世界中の映画監督もみんなそうです。『私なら大丈夫よ』と寄ってくる人はみんなあやしい」
いい仕事とは「自分の死んだ後に人の記憶に残ること」
―小島さんにとっての「いい仕事」って?(若林氏)
「人の記憶に残ることですね。自分の死んだ後に残ること。『自分の生き方変わった』とか、そういう風に言われること。今はSNSがあるんで、ネガティブもあるしポジティブもあるんですよ。今は結構、(声が)聴けるじゃないですか」
「作品というか、生きた証みたいな。生物は生まれて子を残して終わりなんで。それをやったら評価されるんですけど、やっぱりそれだけじゃ嫌じゃないですか。自分がこの時代に生きていたからこそ、この建物があるとか、この道があるとか、こんな文化が生まれたとか、何かの病気が治ったとか、そういうことがちょっとでもあれば、なんかこう、死ぬときも、ちょっと役に立ったんちゃうかって。数値化はできないでしょうけど、やっぱりそういうことをやりたいというか。友達がいない、孤独な中で、やっぱり人の役に立ちたいっていう。ものを作りたいっていうのが一番大きいですけど、作るの楽しいですし。でもその裏側にはやっぱりそれがありますね。自分が作ったものでみんな楽になってくれるとか、そういうものがないと。
僕ら、孤独というか 友達いないと言いながらも社会に生きてるんで、今日もみなさんがいて、一人じゃないですよね。みなさんの生きた証は、やっぱりどこかに残ってるんですよ。あとから来た人に、たどってもらえるような何かがあればいいかなと」
「異物」だからこそ時間をかけて自分の身になる
―ゲームってすごい刻まれるんですよね、みんなの中に。結構深いとこに。いい音楽聞いても10回聞いたら飽きるけど、面白い体験って一日10回やっても飽きない。それってありません?(水口氏)
「身になるってことですよね。消化するのではなくて。賛否のあるものってやっぱり『異物』なんですよね。見たこともないものを食べるから、消化されずに残るんです。残っている間になんとなく何回も反芻(はんすう)して、ようやく5年、10年かけて、気が付いたときにはそのおかげで自分がちょっと大きくなってたり。
わかりやすいものがいいっていうのも、ちょっと変ですよね。食べやすいものを食べてもいいんですけど、ちょっと食べたことのないものも食べてほしいっていうか、食べるべきだと思うんです」
以上、クリエイター小島氏の印象的な発言をピックアップして紹介した。
「DEATH STRANDING(デス・ストランディング)」はまさに賛否の最中にあるといわれる。そうした「異物」が、この先、5年、10年と長い年月をかけて、人々の間に刻まれ、語り継がれていくのかもしれない。そうした小島氏の「仕事」ぶりが、ゲームそのものとは違う側面から知ることができた。
【参考】
trialog Partnered with Sony
https://trialog-project.com/
水口 哲也氏
trialog共同企画者/エンハンス代表/シナスタジアラボ主宰
シナスタジア(共感覚)体験の拡張を目指し創作を続けている。2001 年、映像と音を融合させたゲーム作品「Rez」を発表。その後、音と光の電飾パズル「ルミネス」(2004)、 指揮者のように操作しながら共感覚体験を可能にした「Child of Eden」(2010)、RezのVR拡張版である「Rez Infinite」(2016)、テトリスのVR拡張版「Tetris Effect」(2018)、音楽を光と振動で全身に拡張する「シナスタジア・スーツ」(2016)、共感覚体験装置「シナスタジア X1 - 2.44」(2019)など。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(Keio Media Design)特任教授。
若林 恵氏
trialog代表/blkswnコンテンツ・ディレクター
1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社、『月刊太陽』編集部所属。2000年にフリー編集者として独立。以後、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。
取材・文/石原亜香利
こちらの記事も読まれています