
社名を言わずに、自己紹介ができるか?
サラリーマンが定年後に気づくのは、肩書を外した自分の無力感です。在職中は「A社の部長です」と自己紹介するだけで一定の信頼を得られますが、組織を離れるとそうはいきません。自分の存在意義を伝えられないと、いつまでも元の会社の肩書きに頼らざるをえなくなります。
ドラッカーの「5つの質問」をご存じでしょうか。組織経営の本質を突く至言ですが、個人のセカンドキャリアのデザインにも応用できます。
①われわれのミッションは何か
②われわれの顧客は誰か
③顧客にとっての価値は何か
④われわれにとっての成果は何か
⑤われわれの計画は何か
最初に考えるべきことは、第1の問い「われわれ(私)のミッションは何か?」です。「ミッション」と言われてもピンとこない人は、「社名を言わずに、自己紹介ができるか?」と考えてみましょう。会社勤めが長い人にとって、これはなかなか難しい問いだと思います。
銀行から音大に行って、何ができるか?
例として、バンカー出身の音大講師・大内孝夫さんの話を紹介しましょう。大内さんは、みずほ銀行の支店長を役職定年退職した後、武蔵野音楽大学での講師や就職指導、音楽教室の経営コンサルタントをしています。
学者や芸術家の組織に“お金のプロ”が一人で乗り込んでいく姿を想像してみてください。立ち回り方を誤れば、完全に場違いになります。しかし大内さんは「音大に欠けていること(課題)」と「自分ができること(価値)」を鋭く見極め、自分の居場所(存在意義)を早々に確立しました。
さらに大内さんは、銀行支店長時代の経験を生かし、産業界の視点から音大生の能力を再評価。音大生の「コミュニケーション能力」や「叱られてもめげない精神力」などに着眼し、『「音大卒」は武器になる』(ヤマハMM)を出版しました。
ドラッカーの『断絶の時代』(ダイヤモンド社)にこんな一文があります。
「エネルギッシュに働くことはできなくとも、判断力に狂いがなく20年前よりも優れた意思決定を行う人がいる。助言者としても欲を離れ、かつ知恵と親身さを併せもつならば、最高の仕事をする」
この一文を見ると、大内さんの姿が頭に浮かびます。今、大内さんは次のように自己紹介をしているそうです。
「私は、音大生の強みを世に広め、彼らが社会に貢献する場を広げています」
イタリア・バルバレスコの老人のミッション
もう一つの例として、イタリアのピエモンテ州バルバレスコ村で出会った老人たちの話をします。バルバレスコは人口約700人の小さな村にも関わらず、GAJAなど世界トップブランドのワインを作り出している稀有な場所です。
ある日、ロータリーの前を散策していると、ベンチに座ってお喋りしている3人の老人がいました。「リタイヤして暇なのだろう」と思ったのですが、話しかけてみるとそうでもないようです。
彼らは「空に向かって大砲を撃つのが仕事」だといいます。ワインのブドウを守るために、大砲で雷雲を散らしているそうです。実際にそれが可能かどうかはさておき、彼らに挨拶する村人たちの様子を眺めていると、皆から認められている存在であることがわかります。
彼らのミッションステートメントを、私なりに考えてみました。空に向かって大砲を撃つという行動・作業よりも、「世界最高のワイン」「ブドウを守る」という部分が重要です。
「私は、バルバレスコを世界最高のワインにするため、ブドウを守っています」
セカンドキャリアのミッションステートメント
自分を客観的に分析して価値創造をする大内さん。自分の任務にプライドを持ち愚直に遂行するバルバレスコの老人。全く異なるタイプですが、いずれも「ミッション」が明確であるため、生き生きとしています。
今、セカンドキャリアを思い描いている方は、さっそく自分のミッションステートメントを考えてみましょう。ミッションステートメントは、たかが言葉、されど言葉であり、これから自分が取り組むことに対して、プライドとやりがいをもたらしてくれます。世界最高のワインのために大砲を撃つか、何の意味もなく大砲を撃つかの違いは大きいと思いませんか。
まずは「自分にできること」「人の役に立てること」を、スケールの大きさを問わずに書き出してみましょう。その中から、自分の強みを発揮できることを見極め、そこに残された時間とエネルギーを投入していくのです。
私のミッションは何か?
文/飯田利男
KYBで油圧部品の営業・広報部を歴任。海外営業部長としてグローバル拡販に貢献。2014年にドラッカー学会入会。2016年以後は明治大学サービス創新研究所客員研究員として活動。2017年に定年退職後、2018年にドラッカーとゴルフを融合した『ゴルフで覚えるドラッカー』(ゴルフダイジェスト社)を出版。現在、「セルフマネジメント」「セカンドキャリア」のアドバイザーとして活動中。
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