■連載/ヒット商品開発秘話
2019年は紅茶飲料がヒットした。各社から発売された新商品が軒並み好調に売れたが、その中の1つが、キリンビバレッジの『午後の紅茶 ザ・マイスターズ ミルクティー』(以下、ザ・マイスターズ ミルクティー)である。
『ザ・マイスターズ ミルクティー』は2019年3月に発売。『午後の紅茶』のサブブランドで微糖をコンセプトにした『ザ・マイスターズ』から登場した初の商品である。甘さに頼らないやさしい味わいで、紅茶本来の豊かな香りと飲みごたえ、ミルクのまろやかなコクが楽しめる。甘いものや糖分を控えるようになる20代後半から40代の働く女性を中心に火がつき、2019年11月末時点で販売本数が6300万本を突破した。
大人になると紅茶飲料からは「卒業」の現実
『ザ・マイスターズ ミルクティー』誕生の背景にあったのは、清涼飲料市場で紅茶がコーヒーや緑茶に及ばない現実。ペットボトルや缶入りタイプにおいて、紅茶が占める割合はわずか5%しかない。
成長するには市場拡大が不可欠だが、そのためにはクリアしないとならない課題があった。それは、紅茶飲料は未成年にはよく飲まれるものの、大人になると「卒業」してしまうことだ。
大人になると紅茶飲料を「卒業」してしまうのは、味が甘いためであった。
「大人になると甘い飲料を避け、35歳あたりから目に見えて糖離れが進むことから、甘くない飲料には絶対的なニーズがあります。『午後の紅茶』でも十数年前から、甘くないものにトライしてきましたが、これまでの取り組みはうまく定着しませんでした」
このように振り返るのは、『午後の紅茶』のブランド担当である、マーケティング本部マーケティング部ブランド担当 部長代理の加藤麻里子さん。これまでの取り組みが実を結ばなかったのは、「中身を変えても見た目のイメージは変えなかったから」と話す。これまでの取り組みは、『午後の紅茶』の甘いイメージを引きずっていたわけである。
キリンビバレッジ
マーケティング本部マーケティング部ブランド担当 部長代理 加藤麻里子さん
調査したユーザー数は通常の5倍
こうした背景から、同社は2016年に甘くない微糖の紅茶飲料として『ザ・マイスターズ ミルクティー』の開発を企画する。
開発の焦点はどの程度甘くするか。好みの甘さをつかむため、通常の新商品より5倍も多いユーザーを調査した。微糖といいつつも本当に甘くないものや、その反対に微糖とは思えないような甘さのものまでつくり、少しずつ甘さを変えて念入りに反応を確かめた。
甘さを決めるためだけに時間と労力をかけた一方で、紅茶の抽出にもこだわる。一定の湯量に対し抽出する茶葉量を多くすることで、旨味やコク感に寄与する成分を多く含むリッチな美味しさを引き出す「リーフリッチブリュー製法」と呼ばれる独自の抽出法を採用した。
既存の『午後の紅茶 ミルクティー』の甘さを調整すればよさそうにも思えるが、新製法を採用したのは、これでは薄いミルクティーになってしまうためだった。
「既存のミルクティーの甘さを抑えると、味の厚みがなくなります。極端な話、水で薄めたみたいなミルクティーになってしまい、甘さのレベルがちょうどいいものであっても、誰も飲みたくないものになってしまいます」と加藤さん。薄味にならないよう紅茶を濃く抽出し、ワインで言うところのボディ感を持たせることにした。
「リーフリッチブリュー製法」では通常より1.5倍程度多く茶葉を使用しているが、試作段階ではもっと多くの茶葉を使ったこともあった。ただ、茶葉が多いとミルクと合わさったときのまろやかな美味しい味わいが損なわれてしまうという。
全員一致で決まったパッケージデザイン
これまでの『午後の紅茶』のイメージを変える手段として、コーヒーと同じようなペットボトルを採用することにした。「コーヒーユーザーを獲得するため」と採用の理由を話す加藤さんは、次のような思いを語る。
「紅茶飲料を飲んでいない方々は紅茶に見向きもしてくれません。棚を見ても目に入らないので選択肢にすら入らないのです。ちょうどペットボトルコーヒーがブームだったことと、コーヒーユーザーの目に入り紅茶を買ってもらうようにするにはコーヒーの棚に置いてもらい勝負しないと始まらないことから、ペットボトルコーヒーのイメージがするボトルを使うことにしました」
そしてパッケージデザインも、今までの『午後の紅茶』の雰囲気とはかけ離れたものを採用することにした。
パッケージデザインはこれまでの商品より3倍近く多いデザイン案を検討。現在のデザインは最後に提出されたデザイン案の中にあったものだが、面白いことに、開発メンバーのほぼ全員が、現在のデザインを支持。それ以前のデザイン案では意見が割れることも珍しくなかったが、現在のデザインに関してはほぼ全員の意見が一致した。
加藤さんも現在のデザインを支持した1人。気に入った理由を次のように話す。
「まず、オシャレだと思いました。正面が紅茶の缶をイメージしたもので、王道らしさや品質の高さも感じられます。ステンドグラスのような周辺のデザインもカワイく上品さを兼ね備えたものなので、デスクに置いておきたいと思えるものでした」
ただ、大幅に変更するため、社内の理解を得ることには慎重になった。モニター調査の結果を踏まえ提案し、理解を得たという。