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サッカー代表戦士が続々引退!いぶし銀の働きを見せた明神智和、坪井慶介、栗原勇蔵が日本チームに遺したもの

2019.12.20

Photo/Getty Images

 2019年日本代表のラストマッチとなった18日のEAFF E-1選手権(釜山)の韓国戦。日本は引き分け以上でタイトルを手にできるはずだったが、相手の凄まじいプレスと球際の激しさに遭い、韓国の若きスターMFファン・インボム(バンクーバー)に一撃を食らって0-1で苦杯。手も足も出ないまま、まさかの準優勝に終わってしまった。

 期待の上田綺世(鹿島)、鈴木武蔵(札幌)らアタッカー陣が不発だったのは大いに悔やまれるところだが、前線を地味に支えるはずの三浦弦太(G大阪)、佐々木翔(広島)ら守備陣が安定感を欠いたのも痛かった。代表は前線の華やかなアタッカー陣にスポットライトが当たりがちだが、目立たず献身的にチームをサポートする「縁の下の力持ち」がしっかりしていないと強いチームは作れない。地味な存在が非常に大事なのだ。

 2019年限りで現役を退いた明神智和(長野)、坪井慶介(山口)、栗原勇蔵(横浜)の3人はまさにそれに該当する面々。2000~2010年代の強い代表の一時代を背後から支えた彼らを今一度、思い出してみたい。

「気配りナンバーワン」明神智和

 まず明神だが、78年1月生まれの彼は中澤佑二(解説者)や柳沢敦(鹿島ユースコーチ)、戸田和幸(解説者)らと同い年。彼らよりはるかに長い24年というプロキャリアを過ごし、J1~J3の通算出場実績は556試合にのぼる。まさに「鉄人」らしい数字を残し、ユニフォームを脱いだ。

 明神が代表レベルで最も輝いていたのが、フィリップ・トルシエ監督時代だ。ボランチと右サイドをこなせるユーティリティプレーヤーとして大いに重用され、「完ぺきなチームとは、8人の明神と3人のクレイジーな選手で構成される」と指揮官にさえ言わしめるほどの信頼を得ていた。2000年シドニー五輪8強、2000年アジアカップ(レバノン)制覇、2002年日韓ワールドカップ16強という2000年代初頭の日本サッカー急成長期にはつねに労を惜しまない彼の働きがあった。世間は中田英寿や中村俊輔(横浜FC)らスターに注目したが、彼らが輝けたのも背後から黙々と支えてくれる職人肌の明神のような存在がいてこそ。中村俊輔もそれについては感謝していたことがあった。

 クラブレベルでは、10シーズンを過ごしたガンバ大阪時代だろう。柏レイソル時代からの恩師・西野朗監督(現タイ代表)に引っ張られる形で2006年に移籍してからというもの、2008年アジアチャンピオンズリーグ(ACL)制覇、2014年の国内3冠達成など数々のタイトルを手にしている。当時の盟友・加地亮(解説者)が「勝てるチームには気配りできる選手が何人もいる。当時のガンバには『気配りナンバーワン』の明神さんを筆頭に、バン(播戸竜二=解説者)やハシ(橋本英郎=今治)など、チームのために身を粉にでき、自ら喜んでハードワークできる選手が沢山いた。それはホントに大きかった」としみじみ語るように、的確にスピースを埋め、ボールを奪い、サポートに入る頭のいい仕事ぶりに仲間はみな助けられた。

 その気配りは41歳になった現在もまるで変わらない。実は現役引退に当たって本人から連絡をもらったのだが、「今まで本当にお世話になりました。特に若い頃、ホントによくしてもらいました」と20年前の柏や代表時代に頻繁に会話していたことを思い出して一言メッセージを入れてくれたのだ。こういう部分が「気配りナンバーワン」と言われるゆえんなのだろう。一般社会でもここまでできる人はなかなかいない。指導者を目指すという彼は古巣・ガンバのアカデミー入りが有力視されている。新たな道で第2の人生を大きく花開かせてほしいものだ。

ジーコジャパン時代に頭角を現し、最終ラインを担った坪井慶介

Photo/Getty Images

 トルシエ時代の主力だった明神と入れ替わるように、ジーコジャパン時代に頭角を現し、最終ラインを担ったのが坪井慶介。小野伸二(札幌)や稲本潤一(相模原)らと同じ79年生まれながら、当時は珍しい福岡大学出身の選手として浦和レッズ入りし、持ち前の身体能力の高さを駆使して日本代表までのし上がった選手である。2006年ドイツワールドカップアジア1次はスタートから宮本恒靖(G大阪監督)とセンターバックを形成。途中で3バックにシフトした時には宮本、中澤との3バックに安定感をもたらした。

 性格的に明るくノリのいい坪井が当時、周囲の笑いを取っていたのがシュート練習だった。ジーコジャパンでは1人1人がハーフウェーラインからドリブルで持ち上がってシュートを決めたら練習終了というのが常。だが、足元の技術がやや低かった彼は毎度のように最後まで決まらず、ラストワンになっていた。本人は懸命に決めようとしているのだが、どうもその様子がおかしくて、周りにイジられてばかり。そういうイジられ役の存在に他のメンバーは救われたことだろう。

 坪井と言えば、もう1つ忘れられないのが、2006年ドイツワールドカップ初戦・オーストラリア戦(カイザースラウテルン)で後半開始早々に足が釣って交代を余儀なくされたこと。すでに田中誠(磐田U-18監督)が負傷離脱していて、残されたDFは急きょ追加招集されたばかりでコンディションが万全でない茂庭照幸(岡崎)しかいなかった。このアクシデントで1枚交代カードを切らざるを得なくなったうえ、茂庭という連携不安の選手を使わなければならなくなったことが、チームの歯車を狂わせた一因という見方もされた。最終的に日本は1-3で衝撃的な逆転負けを食らったが、「坪井が最後までプレーできていたら…」と悔やむ声は少なくなかった。その悔しさを誰よりも感じたのは彼自身だったに違いない。

 引退後はタレントに転身するということだが、こうした失敗も含めて芸の肥やしにしていくはず。一足先に芸能界で成功している前園真聖や丸山桂里奈を参考に、坪井らしい新たなキャラを構築してくれるのを楽しみに待ちたい。

本田に背番号4を譲った栗原勇蔵

Photo/Getty Images

 そして3人目が栗原勇蔵。今季15年ぶりにJ1タイトルを獲得した横浜F・マリノスの生え抜き選手である。2003・2004年のリーグ連覇を知る唯一の生き証人の引退ということで、12月7日のセレモニーも非常に盛大に行われた。前年に引退した中澤佑二は引退を明言せずそのままピッチを去る形になったからまさに対照的。いずれにしても「生粋のハマっ子」である彼はヤンチャな面も含めて多くのサポーターに愛されたのは間違いない。

 かつての指揮官・岡田武史監督(FC今治代表)から「勇蔵は松田直樹をしのぐポテンシャルがある」と言われながら、松田と中澤という2人の強力なセンターバックの後塵を拝する時間が長かった栗原。彼がひと際強い輝きを放ったのが、2010~2014年のアルベルト・ザッケローニ監督時代だ。吉田麻也(サウサンプトン)、今野泰幸(磐田)に続く「第3のDF」と位置付けられた彼は、2014年ブラジルワールドカップアジア2次予選で活躍。序盤のヨルダン戦(埼玉)とオーストラリア戦(メルボルン)で連続ゴールを決めるなどの強烈なインパクトを残した。翌2013年のE-1選手権での出来が芳しくなかったことで、最終的に森重真人(FC東京)と伊野波雅彦(横浜FC)にワールドカップ代表の座をさらわれることにはなったが、代表の一時代を築いたのは事実である。

 当時の重要なエピソードの1つが、本田圭佑(フィテッセ)に背番号4を譲ったこと。2012年5月、背番号変更を希望した本田が2番の内田篤人(鹿島)、3番の駒野友一(今治)に打診するも断られ、4番の栗原に相談。合意を取り付けて18から4になれることができたのだ。

 栗原本人は「自分はマリノスでは16番をつけているし、4番には特に思い入れもないから」と説明していたが、本田のような暑苦しいタイプに頼まれたら「ノー」と言いたくなってもおかしくない。実際、内田と駒野は断っている。それでも栗原は「圭佑がそうしたいならいい」と優しさを見せた。そういう人情味が彼にはある。我々メディアにもつねに気さくに接してくれる人懐こい青年だ。そういう人物だから、引退後にクラブに残ってもうまくやっていけるだろう。指導者になるのかスタッフになるのか全くの未知数ではあるが、セカンドキャリアは派手に活躍してもらいたい。
 このようにいぶし銀の働きを見せる代表戦士がもっと高く評価されていい。彼らには改めて「お疲れ様」という言葉を送りたい。

取材・文/元川悦子
長野県松本深志高等学校、千葉大学法経学部卒業後、日本海事新聞を経て1994年からフリー・ライターとなる。日本代表に関しては特に精力的な取材を行っており、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは1994年アメリカ大会から2014年ブラジル大会まで6大会連続で現地へ赴いている。著作は『U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日』(小学館)、『蹴音』(主婦の友)『僕らがサッカーボーイズだった頃2 プロサッカー選手のジュニア時代」(カンゼン)『勝利の街に響け凱歌 松本山雅という奇跡のクラブ』(汐文社)ほか多数。

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