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現役最後の地に残って起業、支えてくれた人たちを元気にする元Jリーガー飯尾和也さん

2019.11.28

 2019年Jリーグもいよいよ終盤。J1も残り2節となり、優勝争いも残留争いも佳境を迎えている。前者の方は横浜F・マリノス、FC東京、鹿島アントラーズの3強に絞られた状態だが、後者の方は大混戦。13位・浦和レッズ以下の6チームがJ1・J2入替戦に回る16位以下になる可能性があり、ラスト2戦の動向が大いに注目されている。

 今季4年ぶり2度目のJ1昇格を果たした松本山雅も渦中にいるチームだ。11月23日の前節はホームで横浜に0-1で完敗。目下、勝ち点30の17位に沈んでいる。30日の次戦でガンバ大阪に敗れ、16位・湘南ベルマーレがサンフレッチェ広島に勝つと、その時点で1年での降格が決まってしまう。
「それだけは何としても回避してほしい」と強く願うのが、2014年末に同クラブで現役を退き、その後も松本に残って山雅を見続けている解説者兼「パーソナルメンタルサロン コラソン」「スタジオ コラソン」経営者の飯尾和也氏だ。

プロの厳しさを痛感、現役最後に松本山雅にたどり着いたのは“運命”

 1980年生まれの飯尾氏は東京都練馬区出身。読売日本SC(現東京ヴェルディ)ユースでプレーしていた10代の頃は日の丸を背負い、小野伸二(琉球)や稲本潤一(相模原)、遠藤保仁(G大阪)ら黄金世代とともに98年のAFC・U-19選手権(タイ)にも参戦した経験を持つ。

 しかしながら、99年にヴェルディのトップチームに昇格してからは出番に恵まれず、2000年に当時J2だったベガルタ仙台へレンタル移籍。2002年には完全移籍となり、現日本代表の森保一監督ともプレーする機会を得たが、22歳だった2002年末に戦力外通告を受けった。

 プロの厳しさを痛感することになったのは、むしろここから。チームを探すも見つからず、契約できたのは当時4部相当の九州リーグの沖縄かりゆしFCだった。ここで1年半を戦い、翌2004年10月にはは東海リーグ1部の静岡FCへレンタルで赴いた。「もう1度、Jリーグへ戻る」と強い思いを抱いてはいたものの、結局チームが消滅。所属先のない状態に陥ったのだ。
「プロになって初めて全くアテのないオフを過ごすことになりました。自ら電話をしてチームを探しながら、いつどこへでも行けるように1人で練習するしかなかった。サッカー人生の中で一番のどん底でしたけど、メンタルだけは強く持っていた。この経験がその後につながったと僕は思います」

 こう語る飯尾氏に声をかけてくれたのが、ヴェルディ時代の恩師・岸野靖之監督(関東1部・栃木シティ監督)率いる当時J2のサガン鳥栖だ。練習参加し、何とか契約を取り付け、初めて赴いた九州の地で彼は復活を遂げ、6年間プレー。2009年にはキャプテン、2010年には選手会長を努めるまでになった。その岸野監督に再び誘われ、2011年には横浜FCへ。キング・カズ(三浦知良)と半年間同じピッチ立つという貴重な経験を経て、同年8月にJFLの松本山雅へやってきた。

「松本に来たのは、簡単に言うと“運命”みたいなものですね(笑)。僕は鳥栖で実績を作ったにも関わらず、横浜FC移籍を決断したので、そこでキャリアを終えるつもりでいました。だけど、ヴェルディ時代にお世話になった加藤善之(現松本山雅副社長)さんが監督をしていた松本山雅から声をかけてもらい、試合を見に行くことにしたんです。

 それは、松田直樹さんが亡くなった直後の(2011年8月7日の)SAGAWA SHIGA戦。サポーターの応援、スタジアムの熱気が物凄くて、『俺、ここならもう1回モチベーションを持ってやれるかもしれない』と直感。松本行きを即決しました。そしてこの年末にはJ2昇格を果たし、さらに3年後の2014年にはJ1初昇格を達成した。僕自身はケガもあって2013年以降は出場機会が減りましたけど、最終的には『何かの導きで松本に連れてこられたんだ』という気持ちになりましたね。引退後は自然とこの町にとどまりたいと感じ、起業を考えたんです」

心と体を前向きにできないか?

 そこで立ち上げたのが、「パーソナルメンタルサロン コラソン」だった。自分自身の16年間のプロキャリアを通して「最も重要なのがメンタルだ」と痛感した飯尾氏らしい着眼だと言えるだろう。
「人生って苦しいことが沢山ありますけど、気持ちの持ち方1つで行動も周りからの見られ方もガラリと変わりますよね。現役時代の経験から『メンタルで全てを変えられるんだ』と気づくことも多かった。そこで最初は心理カウンセリングの資格を取り、カウンセリングから始めました。『仕事がきつい』『家族とのことで悩んでいる』といろんな話を聞きましたけど、そういう人を前向きな方向へと導くためには、やっぱり体も元気じゃないとダメ。僕自身もその重要性を強く感じ、心と体の両方を前向きにすることを重視するようになったんです」

 その過程で、体を浄化して成人病の確率を減らすファスティングと、TRXサスペンショントレーナーという資格をダブルで取得。「スタジオ コラソン」も発足させ、ボールエクササイズやTRXトレーニングにも本腰を入れ始めた。
「エクササイズは結構きついんですけど、『いい汗かけてよかった』『ありがとう』と笑顔を見せてくれる人も増えてきました。アスリートは運動習慣がありますけど、一般の人にはなかなか体を動かす機会が少ないですよね。そういう方に運動するきっかけを与え、心身ともに健康になってもらえれば、自然とポジティブな志向を持てるようになると思うんです。そういう人を1人でも増やしたいと考えて、今は精一杯、取り組んでいます」

 事業開始から5年が経過し、「パーソナルメンタルサロン コラソン」は利用者が堅調に推移。「スタジオ・コラソン」の方は会員数が100人を大きく突破したという。松本山雅公式ホームページの「山雅プレミアム」のインタビューや対談、テレビ放送の解説者などの仕事もしているため、現在は週3~4回スタジオを稼働させている状態だが、週1~2ペースで通ってくる人が多いという。
「最初は松本山雅サポーターや僕を応援してくれる人が多かったですけど、徐々に口コミで広がっていって、今ではサッカーに関心がなかったり、山雅の試合に行ったことのない人も通ってくれています。僕としてはもっと会員を増やしたいところですが、質を維持することも非常に大事。それができるベストな形を模索したいと思います。最終的にもっと会員の人を笑顔にしていきたいし、同じ志を持つ人が現れれば店舗展開なども考えていたいですね」

 さらには、5年前に立ち上げたコラソンの事業の中で、将来の山雅戦士を目指している小学校高学年対象のサッカースクール「コラソン塾」も手掛けているが、そこから来年ジュニアユースに入る選手も出ることになった。「将来、(本拠地の)アルウィンで活躍する選手を沢山育てていきたいですね」と飯尾氏も前向きに話している。
 地元・東京に戻らず、プロキャリア最後の地となった松本でサッカーと松本山雅というクラブを応援しつつ、地域の人々を元気にする活動に邁進する飯尾和也氏。彼のような生きざまもセカンドキャリアの新たな形と言えるのではないだろうか。その活動の今後が非常に興味深いところだ。

パーソナルメンタルサロン コラソン
https://corazon28.jp/

取材・文/元川悦子

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