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アカデミー賞にノミネートされた作品が日本で未公開の理由

2019.11.23

■連載/Londonトレンド通信

 11月から12月にかけて、ポール・モリソン監督『Solomon & Gaenor』(1999)がイギリスで20周年上映される。2000年のアカデミー賞で外国語映画賞にノミネートされた映画だが、日本では未公開。その理由を考えてみたい。

 映画の内容は、1911年のイギリス南ウェールズのとある田舎町を舞台にしたユダヤ青年ソロモン(ヨアン・グリフィズ)と地元女性ガエノア(ニア・ロバーツ)の悲恋物語。ユダヤ版ロミオとジュリエットとも呼ばれている。

 物語の背景にあるのは、イギリスでのユダヤ人迫害だ。ユダヤ人らしい名前さえ隠し、サムとしてガエノアと知り合うソロモンだが、関係が深まるにつれ、隠し続けることが難しくなっていく。

 自分はいち早く家族に紹介したのに、サムの家族には会わせてもらえないことで、遊ばれているのではとガエノアが苦悩するあたりは、現代にも通じる女心。ガエノアの兄(マーク・ルイス・ジョーンズ)が、ユダヤ人排斥運動の急先鋒であることが、さらに事態を複雑にする。

 イギリス映画なのに外国語映画賞ノミネートだったのは、ソロモンが家族と話すのはイディッシュ語、ほかはウェールズ語だから。イディッシュ語とガエノアが家族と話すウェールズ語部分はそのままで、2人が話すのは英語の英語バージョンも制作され、地域に合わせて上映されたようだ。

 今回の20周年上映は、UK・ジューイッシュ・フィルム・フェスティバルの一環でイギリス主要21都市を巡回する。DVDも出ているが、劇場で観たい人もけっこういるようで、ウェールズの首都カーディフでは完売となった。

 この映画祭は、ユダヤ人の生活、歴史、文化を描く映画を集め、毎年、開催されている。というと馴染みのない映画が並んでいそうだが、メジャーどころも少なくない。

 例えば、今年の閉幕映画はタイカ・ワイティティ監督『ジョジョ・ラビット』。スカーレット・ヨハンソン、サム・ロックウェルなど豪華キャストで笑わせ泣かせ、ほっこりさせて、アカデミー賞有力候補の1つだ。戦時中のドイツで、アドルフ・ヒトラーがイマジナリーフレンド(タイカ・ワイティティ)の少年ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイヴィス)を主人公にしたコメディーで、隠れているユダヤ人の少女(トーマシン・マッケンジー)の存在が少年を変えていくのが見所だ。日本公開は1月17日からとなっている。

 というところで、『Solomon & Gaenor』はなぜ日本未公開かだ。映画としての出来からいうと、悲恋になるとわかってからの後半が安易な展開で、傑作とまではいかない。それでも、主演の2人はじめ俳優陣も良く、ウェールズの自然や当時の暮らしぶり、ユダヤの風習も知らせてくれ、後半の突っ込みどころ含め見応えあるラブストーリーだ。

 主演の2人が当時の日本でほぼ無名に近かったのも公開されない理由だったかもしれない。ウェールズ出身のヨアン・グリフィズはハリウッド進出を果たし、『タイタニック』(1997)で出番は少ないが印象的な航海士役を務め、『ファンタスティック・フォー』(2005)では主役の1人をやるまでになった。当時の劇場公開は無理だったとしても、そろそろテレビ放映くらいしてもいい映画と思う。

 結局、この悲恋物語の基にあるユダヤ人受難が、ユダヤ人が多く暮らす欧米とは違って、日本人には心理的に遠いことが大きいのだろう。西洋には西洋の人種差別問題があり、東洋には東洋の人種差別問題がある。

 問題の対象が違うことと、もう1つ感じるのは、その切迫感の違い。多人種がひしめきあって暮らすここロンドンでは、人種差別は常時ある問題だ。そこにも、この映画が上映される意義がある。いつでも、どこでも、反社会的な人が一定数いるのは仕方ないとしても、差別感情を野放しにさせてはいけない。

 だが、何かの事件や、社会情勢などから、差別感情にもなりかねない気分が蔓延することは度々起こる。

 自爆テロリスト4人を除いて52人の死者と700人以上の負傷者を出した2005年のロンドン同時爆破テロは、誰もが使うバス、地下鉄が次々と爆破されただけに、衝撃だった。地下鉄サリン事件の時の衝撃を思い出していただければ、近いかもしれない。誰が?何のために?という恐怖心は、イギリス在住イスラム系青年グループの犯行とわかると、イスラム系住民への警戒心に変わった。

 そんな時でも、少なくとも大手メディアがそれをあおることはなかった。逆に、イスラム系の一般市民をスタジオに招き、事件以降、疑いの目で見られ、暮らしにくくなったという日常生活の様子をインタビューするテレビ番組もあった。その気の毒な人たちの話を聞きながら、テロリストはあくまでもごくごく一部、おおかたのイスラム系の人は自分とさして違わない一市民であることにあらためて気づかされ、少し冷静になれた。

 テロ後に起こった警官による誤射事件も、世間の頭を冷やすことになった。テロとは無関係のブラジル青年が警官に射殺された事件で、テロを警戒する警官の過剰反応とも言える誤射だったため、世間の批判は警察側に向かい、濡れ衣を着せられる移民に同情が集まった。

 今回のブレグジットは、そのテロ事件以上に差別感情を発動させやすい状況を作っている。移民制限する方向の選択を国民がしたことで、人種差別主義者を勢いづかせてしまった。

 国民投票でEU離脱が決定した直後には、労働者としてイギリスに来る人が増えていたポーランド人を中傷する落書きやビラがまかれるなど、目立つ事件が起こった。

 そういった人種差別に関する調査は、様々な媒体でなされている。この6月のBBCニュースでも、2011年から2017年まで増加し続けているヘイトクライムの件数とともに、その標的にされてきたというミックスレイス女性の声を紹介している。

 映画からそれたが、要は関連映画が制作、上映されるのも、メディアが差別される側に寄り添うのも、根はいっしょだと思う。イギリスでは、良く言えば理想主義的に、ちょっと意地悪い見方をすれば注意深く、人種問題を取り扱う必要があるのだ。

 大手出版社が数字をとるために人種差別的な記事を掲載する日本は、それだけ平和な国なのだろう。

文/山口ゆかり
ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。http://eigauk.com

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