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5か国をさすらい「ローヴァーズ木更津」を設立!オーナー兼選手としてクラブ運営に奔走する元Jリーガー、カレン・ロバート

2019.10.24

Jリーガーのセカンドキャリア カレン・ロバート(ローヴァーズ木更津FC代表)

 2020年東京五輪出場を目指している元日本代表MF本田圭佑の無所属状態が続いている。本人はマンチェスター・ユナイテッドや古巣のACミランにラブコールを送ったが、いまだ新天地を見出せない状態だ。
 かつてジュビロ磐田やロアッソ熊本で7年間戦った元Jリーガーで、現在は千葉県リーグ1部・ローヴァーズ木更津FCのオーナーを務めているカレン・ロバート氏は、本田と同じ「所属クラブなし状態」の経験者だ。

アジア、欧州を行き来した5年間に何があったのか?

「オランダ1部のVVVフェンロで3シーズンプレーして、2013年5月に契約満了となった後、イギリス行きの夢を叶えるため、オファーを待っていたんです。でも、夏の欧州移籍期限の8月末までには決まらず、9月になり、10月に入ると『これはマズイ』という焦燥感が強まった。今の圭佑の気持ちはすごくよく分かりますね」と、彼は2005年U-20ワールドカップ(オランダ)で同じピッチに立った戦友の胸中を慮った。
 とはいえ、サッカー人生というのはどう転ぶか分からない。カレン氏の場合は、2014年1月から赴いた次なる地・タイで手にしたお金が今のクラブ運営の元手になったという。

「フェンロの後、タイ・プレミアリーグ1部・スパンブリーFCで1年間プレーすることになったんです。レベルは欧州に比べるとやっぱり低くて、お酒の匂いをさせて練習に来る選手、平気で遅刻する選手がいるなど、プロ意識の部分もまだまだでした。他チームの給料未払いの話もよく聞きました。でも、僕のところは非常に条件がよかった。そこのギャラと貯金を合わせて『イオンモール木更津』にフットサル場3面を作ることができ、2014年10月のオープンにこぎつけました。サッカースクール自体は2013年から始めていて、2014年4月にはローヴァーズの運営会社も立ち上げていたんですが、そこまで一気に話が進むとは思っていませんでしたね」

 イオンモール木更津のフットサル場オープンの翌2015年には社会人チームの活動を開始。千葉県2部リーグ参戦を果たし、その年には1部昇格を果たした。一方でアカデミーも発足させ、U-12、U-15、U-18というカテゴリー別の体制を整えていった。さらに、2018年7月にはガーデンモール印西の敷地内に3面のフットサル場を新たにオープン。そちらでのスクールとU-15の活動もスタートしており、ローヴァーズはわずか5年間で急拡大を遂げたのである。
 ただ、その間もカレン氏は現役続行にこだわった。2015年は韓国2部のソウル・イーランド、2016年はインド・スーパーリーグ(ISL)のノースイースト・ユナイテッドでプレー。2017年はスコットランドやイングランドで練習参加しながらクラブを探し、2018年夏からイングランド7部のレザーヘッドFCと契約。8か月間在籍して、2019年3月2日に現役引退を正式発表するに至った。アジアや欧州を行き来したこの5年間は、まさに紆余曲折の連続だったと本人は言う。

「韓国にはスコットランド人の監督とイギリス人のフィジカルコーチがいて、『もしかしたらイギリスへ行けるかもしれない』と考えて赴きました。タイとは2年契約だったけど、解除して行ったんです。ここで1シーズンを戦いましたが、『来季も残る』と言っていた監督がクビになり、自分の契約も打ち切りになってしまった。インドのISLへ行くまでは半年空きましたが、ちょうどローヴァーズのU-15が発足した時期。子供たちの笑顔にすごく勇気づけられましたね。

 ノースイースト・ユナイテッドとの契約は2016年9月から2カ月。満了後にFIFA公認の別組織であるIリーグのクラブからオファーをもらったけど、『もう1度、Jリーグに戻りたい』と思って断りました。だけど行き先が見つからなかった。そこから約1年の間には、当時の代理人がマレーシアやインドネシアなどいろんな話を持ってきたけど、最終的に騙されていたことが判明。怒りを通り越して、悲しくなりました(苦笑)。
 それでも『もう1回、夢であるイギリスにチャレンジしよう』と一念発起して、2017年末からイングランド5・6部やスコットランド2部のチームに練習参加しました。スコットランドはあと一歩のところまで行ったけど、テストマッチ延期の不運も重なって契約に至らなかった。2018年3月にいったん帰国して、夏に再チャレンジしたところ、イングランド7部のレザーヘッドとのセミプロ契約をもらえました。ここが現役最後のクラブになった。できる限りのトライをしたんで、スッキリした状態で引退を決断できました」

自身の経験を踏まえた選手育成にチャレンジ

 こうして足掛け16年のキャリアに区切りをつけ、ローヴァーズの仕事に専念することになったカレン氏。けれども今季は千葉県リーグ1部にも出場。選手と経営者の二足の草鞋を履きつつ、ピッチ内外で奮闘したのである。リーグ戦の結果は11位。関東社会人リーグ昇格の道はまだまだ険しいようだ。
「関東社会人リーグやJFL(ジャパンフットボールリーグ)、J3やJ2といった上のリーグを目指すためには、まだまだ資金力が足りないと痛感しています。J3の場合、年間運営費が5億円くらいかかると言われていますけど、僕らは1億にも達していない。本当は有料試合を開催したいけど、千葉の房総地区にはそういうスタジアムもないんです。今はスポンサーを必死に集めて、イベントを開いて、グッズを販売するくらいしかトップチームの収入獲得手段がない。近い将来、スポンサー収入が2~3億円になるように、僕が地元や都内、神奈川などを回って懸命に営業しているところです。ウチのクラブに協力してくれる方ならどの地域の方でも大丈夫。今は積極的に全国各地のスポンサーを募っています」とカレン氏は持ち前の明るさで営業トークを展開する。

 トップチームを取り巻く環境は厳しいが、アカデミーやフットサル場経営の方は徐々に売り上げを伸ばしている。木更津と印西の2拠点合計でスクールとU-12、U-15の会員数は500人を突破。フットサル場の利用者も口コミなどで増えているという。
「U-18も今年から拓大紅陵高校と業務提携して強化を図るようになりました。僕の柏レイソルジュニアユース時代の後輩で、福島の尚志高校で指導していた人間を監督に据えて、てこ入れを図っています。これでジュニア、ジュニアユース、ユース、トップという一貫指導体制をようやく確立できました。来年には木更津市内のもう1か所と茂原にもフットサル場を開く計画で、4つの拠点をうまく動かしながら、よりいい環境で選手育成ができるようになると思います」

 世界5か国、日本を含めて6か国でプレーし、類まれな国際経験を持つカレン氏は、自身の経験を踏まえつつ、「どんな時でもリスペクトの精神を持ち、監督やチームメイトにも自分の意見を言える素直な子供たちを育てたい」と熱望している。
「日本のスポーツ界は上命下達の傾向が今でも強いと思います。僕も市船でそういう厳しさを感じながら育ちましたし、よさももちろんありました。でもその後、長く海外でプレーして『オンとオフの切り替え』の大切さを学んだ。ピッチ上では容赦なく要求し合い、時にはぶつかり合うほどヒートアップしても、ピッチを離れたらみんなフレンドリーな雰囲気に戻る。そんな切り替えは日本ではなかったことです。やっぱりサッカーはそうあるべき。ウチのスクールの子たちも僕のことを『ボビー(カレン氏の愛称)ちゃん』と気さくに呼んでますけど、普段はそういう雰囲気でいいんです。

 もう1つ意識しているのは、アタッカー至上主義の育成をしないこと。自分はFWだったから分かりますけど、前線の選手は年齢が行けば行くほど、契約を取るのが難しくなる。初めに触れた圭佑のケースもそうですよね。30歳を過ぎてもトップレベルにいられるのは、カズ(三浦知良=横浜FC)さんやクリ・ロナ(クリスティアーノ・ロナウド=ユベントス)、リオネル・メッシ(バルセロナ)といった限られた人だけなんです。

 むしろ麻也(吉田=サウサンプトン)みたいな後ろの選手の方が、トップに居続けられる寿命が長いと痛感しました。その現実を子供たちにフィードバックして、GKやDFを育てることにも力を入れたいと僕は考えています。千葉県の中でサッカー選手があまり出ていない房総地域を盛り上げて、いつかは自分が果たせなかった日本代表入りするような選手を送り出したいですね」
 トップチームのカテゴリーアップとアカデミー拡充の両方を推し進めていくのは難しいことだが、七転び八起き精神で頑張ってきたカレン氏ならきっとやり遂げられるはず。異色のキャリアを持つクラブオーナーの今後の動きに注目したい。

カレン・ロバート
英国人の父と日本人の母の間に生まれ、ヨーロッパにルーツを持つ。5歳でサッカーを始め、小6年時にJ1柏レイソルの下部組織でボランチとしてプレーし、全国少年大会優勝。3年連続で全国選手権に出場した市立船橋高を経て 2004年にジュビロ磐田入団。2005年に13得点を挙げJリーグ新人王。2010年7月にロアッソ熊本に移籍。2010年12月にオランダリーグのVVVフェンロに完全移籍し、背番号10番を付け活躍。ヨーロッパ1部リーグで10番を付けた数少ない日本人選手。 日本・オランダ・タイ・韓国・インド・イングランドの世界6カ国でプレー。

取材・文/元川悦子
長野県松本深志高等学校、千葉大学法経学部卒業後、日本海事新聞を経て1994年からフリー・ライターとなる。日本代表に関しては特に精力的な取材を行っており、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは1994年アメリカ大会から2014年ブラジル大会まで6大会連続で現地へ赴いている。著作は『U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日』(小学館)、『蹴音』(主婦の友)『僕らがサッカーボーイズだった頃2 プロサッカー選手のジュニア時代」(カンゼン)『勝利の街に響け凱歌 松本山雅という奇跡のクラブ』(汐文社)ほか多数。

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