人気のタグ
おすすめのサイト
企業ニュース

夏場にぴったりのイベント!?東京・谷中の全生庵で三遊亭圓朝ゆかりの幽霊画展を期間限定公開

2019.08.10

■連載/阿部純子のトレンド探検隊

毎年8月は三遊亭圓朝が収集した「幽霊画」が特別公開される

 東京・谷中にある「全生庵」(臨済宗国泰寺派)は、幕末から明治にかけて活躍した山岡鉄舟ゆかりの寺として知られている。

 全生庵は明治16年(1883年)に明治維新で国事に殉じた人々の菩提を弔うために鉄舟により建立されたが、もう一人、全生庵にゆかりのある人物が落語家の初代三遊亭圓朝だ。剣術や書の達人としても知られていた鉄舟は禅にも通じ、鉄舟の禅の弟子であったのが圓朝で、全生庵の墓所には鉄舟の墓の脇に、師に従うように圓朝の墓がある。

 三遊亭圓朝は江戸末期から明治にかけて活躍した落語家で、「牡丹灯篭」「真景累ケ淵」「死神」など多くの名作落語を創作した。怪談創作の参考として圓朝が収集していたのが、著名な画家たちによる「幽霊画」だ。

 全生庵では毎年8月に「三遊亭圓朝コレクション 幽霊画展」として一般公開しており、今年も8月31日まで(拝観料500円)開催している。また、圓朝の命日である8月11日には落語家が集まる法要「圓朝忌」が営まれ同日には「圓朝座」も開催、8月は「谷中圓朝まつり」として全生庵で多くのイベントが開催される。

「圓朝が料亭のような小さな場所で怪談話をやるときに、その場に幽霊画を飾っていたのではないかともいわれている。伝えによれば百物語にちなんで百幅集めようとしていたとのことだが、百幅を集める前に圓朝は亡くなった。その後も圓朝のスポンサーだった人物が収集を続け百幅に到達。圓朝の七回忌の法要を行った際、約半分の絵を全生庵に供養のために寄贈した。ところが、関東大震災で寄贈していないコレクションが焼失し、全生庵に残っているのが圓朝コレクションのすべてとなった。2017年に94年ぶりに焼けたと言われていたものが一幅出てきて全生庵が購入し展示している(鏑木清方「幽霊図」)。

 坐禅堂が木造だったころは壁面全部に幽霊画が飾られており、法事も坐禅会もすべて幽霊画に囲まれて行っていた。私が子どものころ、仏様に上げたご飯とお茶を夕方に下げる仕事をやらされていたが、夕方本堂に行くのが嫌で、嫌で、仕方がなかった(笑)」(全生庵 七世住職 平井正修さん)

 圓朝コレクションは江戸末期から明治初期に活躍した作家によるものが主体で、柴田是真、伊藤晴雨、河鍋暁斎、鏑木清方など著名な画家から伝・円山応挙までさまざまな幽霊画がある。創作落語のヒントになるもの、作品の一場面を描いてもらったものなど、圓朝が何かしら感じた幽霊画が集められたが、百幅のリストは存在しないとのことで、焼失したものを含めるとコレクションの全貌は明らかになっていない。下記画像は上段左から、伊藤晴雨「怪談乳房榎図」、池田綾岡「皿屋敷」、鰭崎英朋「蚊帳の前の幽霊」、下段は伝・円山応挙「幽霊図」(すべて全生庵所蔵)。

 幽霊画のモチーフになっているのはほぼ女性。幽霊画はなぜ女性が多く描かれているのか?

「江戸から明治に変わる時代は、絵師から画家になる転換期でもあった。画家は作品として自らが選んだ題材を描くが、絵師は職人であり、注文を受けて描くのが基本。幽霊が女性ばかりなのは、男の幽霊の注文がなかったからといえる。

 大抵の旧家は幽霊画を所蔵していた。諸説あるものの、用心棒代わりに掛けていたとか、陰陽五行説から、幽霊画という陰のものを持つことで、悪いことを引き受けてくれるといった意味合いもあったともいわれている」(平井住職)

@DIMEのSNSアカウントをフォローしよう!

DIME最新号

最新号
2019年7月16日(火) 発売

DIME最新号の特別付録は超強力なUSBモバイル扇風機!大特集は「夏の新製品辛口評価テスト」!

人気のタグ

おすすめのサイト

ページトップへ

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号 10401024号)です。詳しくは[ABJマーク]または[電子出版制作・流通協議会]で検索してください。