スマホやSNSなどによって私たちは便利な暮らしを手に入れた反面、常に時間に追われているような生活を過ごしている。が、しかし、便利を手に入れて生活が豊かになったと思っていても、実は人間らしさを失っているのではないか。そんなアンチテーゼを込めたミヒャエル・エンデの『モモ』は、日本でも多くの人に愛読されている作品である。しかし、時間泥棒に時間を奪われたのはわかっても、どうすれば良いのだろう? そんな難問に取り組む未来社会プロデューサーという肩書きの男がいる。
資本主義というのは不完全な仕組み
時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、はかってみたところであまり意味はありません。というのは、だれでも知っているとおり、その時間にどんなことがあったかによって、わずか一時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、ほんの一瞬と思えることもあるからです。
なぜなら時間とは、生きるということ、そのものだからです。そして、人のいのちは心を住みかとしているからです。
このことをだれよりよく知っていたのは、灰色の男たちでした
(ミヒャエル・エンデ『モモ』岩波少年文庫)
時間貯蓄銀行の外交員である灰色の男たちに言いくるめられて時間貯蓄舎組合の会員になった人々は、時間を貯蓄するために時間を節約、つまり毎日を効率的することに一生懸命になり、人間らしさを失ってしまう--元・財務官僚で、未来社会プロデューサーという肩書きで活動する松田 学氏は、いまの資本主義社会は、ミヒャエル・エンデが『モモ』で示した世界につながるものがあることを指摘する。
「資本主義経済におけるお金は、金利がついた負債なんです。
誤解している方が多いのですが、政府が1万円札を製造して、日本銀行が配っているわけではないんですよ。お金を作っているのは民間の銀行で、その銀行が融資で作る。少し専門的な表現をすると、これを『信用創造』といいます。
だから、日銀の『量的金融緩和』と言いますが、あれは銀行が日銀に持っている口座のお金を膨らませているだけで、帳簿上のお金なんです。これは、『日銀当座預金』と呼ぶ。つまり、あれは我々が使うお金ではないんです。
いま日銀当座預金の金利は基本的に0%です(±0.1%)。民間の銀行は、この日銀当座預金が自らの資産に占める比率が非常に高くなると全体的な運用収益率が低下していきますので、これを避けるために、金利の付く資産を増やす必要に迫られ、融資に追い込まれる、そこで、お金が増える。いまのアベノミクスでは、こういうことが期待されているわけです。
ただし、融資はどこに対して行なわれるかというと、貸しても大丈夫な先です。ちゃんと金利をつけてお金を返すところにしか銀行はお金を貸さない、そして、貸した先が儲けないと、金利を銀行に支払うことはできません。ですから、『儲けなしところにお金なし』。これが資本主義のお金で、実は、われわれ金利というものに追われているんです。
資本主義経済というものは。国債を発行したって、国債にも金利は付いていますから、それを返すために将来の税金で金利を返すという、これも金利というものに追いかけられている。言い換えるならば、資本主義というのは時間に追いかけられている『モモ』の時間泥棒に追われているような社会なのです」
普段は意識されていないが、専門家が解説すると、まったく別の景色が浮かんでくることは少なくない。資本主義は時間に追われている社会である、という松田氏の解説も、その一例だろう。では、いつから私たちは、こんなに時間に追いかけられる社会で暮らすようになってしまったのか。
「人類の歴史のなかのひとつのフェーズだったのでしょう。専門的には『限界収益』といいますが、資本主義においては投資をどんどん行なっていくと、最終的には一単位あたりの収益は下がる。それを打破して、投資収益率をあげようとするのがイノベーションで、90年代においてイノベーションとされたのは『グローバリゼーション』『インターネット革命』『金融主導経済』の3つなんです。
これが冷戦体制崩壊後の世界でアメリカ主導で行なわれ、金融が膨張してしまった。その行き詰まりがリーマン・ショックでした。
従来金融は、実体経済と結びついていました。つまり、実体経済で価値を生んだら、それによって金利収入があったのですが、グローバリゼーションが進展するなかでデフレになっていきました。旧共産圏の人々も労働市場に入ってきますから、先進国から見たときには賃金が上がらないわけです。これがデフレの原因のひとつですね。そして、デフレ状態というのは、金利がなかなか上がらない。そこで、無理に金融で儲けようとハイイールド(高収益なもの)を作り出した結果、リーマン・ショックを招いてしまった。でも、リーマン・ショック後に何をしているかというと、また同じことをしている。
前にも触れた量的緩和で、マネーを膨らませているだけ。
これをやめようとするなら市場の思惑で金利が急上昇してしまうので、やめたくてもやめられない袋小路に陥っている。ということで、自己増殖的な動きが実体経済から離れて起こってしまい、経済的な格差もどんどん拡大している。こうして見てみると、資本主義というのは、ある意味で不完全な仕組みなんですね。それを補完するものが必要なんです」
繰り返しになるが、平成に入る前後に東西冷戦時代が終わり、世界が資本主義体制で一体化し、ヒト、モノ、カネが自由に行き来するようになった。これを加速させたのがインターネットに代表されるデジタル技術で、時空を超えてヒト、モノ、カネがやり取りされる。その結果、時間泥棒に支配されて、人間らしい生活が損なわれてしまった、というのが松田氏の見立てというわけだ。