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泉麻人さんと東京最後の“秘境”中野ブロードウェイに挑む!(2015.04.01)

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【ナビゲーター】泉麻人さん

泉麻人さん

1956年東京都生まれ。東京の街にも詳しく『東京23区物語』など街を考察する著書も出版。新刊は大好きな箱根駅伝のコースを大手町から踏破したエッセー『箱根駅伝を歩く』。

 泉さんが生まれ育ったのは新宿区の中落合。自宅から一番近いバス停からバスに乗れば、中野まで気軽に足を運ぶことができたという。中野ブロードウェイが建設されたのは昭和41年。泉さんが10歳の頃だった。

「ブロードウェイでよく足を運んだのは明屋書店。そこで『おそ松くん』の漫画を全巻揃えたなぁ。あとは切手やシャツとかを買ったかな。今もあるけど、1階から3階まで一気に行けるエスカレーターを当時は『すげぇ』って思った記憶がある。このタイプのエスカレーターは当時は流行ってたんです」

 泉さんが訪れていた頃のブロードウェイは現在の〝サブカルチャーの聖地〞ではなかった。しかしその後、あるお店の出店をキッカケに大きく雰囲気が変わり始めた。昭和55年、当時はわずか2坪の敷地面積で開店した漫画専門の古書店、まんだらけである。

「確かにブロードウェイをサブカルの聖地にしたのは、まんだらけの影響が大きいよね。でも中央線沿線はフォークやアングラの時代からそういう土壌があった。文化の基盤があってこそだと思うよ」

 そう語る泉さんは、さらに中野から総武線でつながっている秋葉原についても言及。

「今でこそ秋葉原はオタクの街といわれているけど、その前は電気街だった。そこに中央線のサブカル文化が中野から総武線を通じて秋葉原に流れてきて、ああなったんだと思う。つまり今の秋葉原のルーツの一端は中野なんだよね」

 なるほど、興味深い泉さんの「秋葉原は中野起源」説。そういう視点で中野を探索すると、さらに違った発見ができそうだ。

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