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2018.07.16

海水浴と医学の不思議な関係

医師がすすめるカラダにイイこと~教えてDr倉田~

 夏休みシーズンは、日本国内だけでなく海外旅行で海に出かける方も増える季節ですね。

 前回『人はナゼ溺れるか?~溺水の社会医学その1~』では、海の事故のうち、「遊泳中の事故の占める割合が大きい」ことを書きました。

 今回は「海水浴」についてご説明しましょう。

海水浴と医学の不思議なカンケイ?

 子どもの頃、温泉の大浴場で泳いで怒られた方、いますよね?

 海水浴にレジャーのイメージを持たれている方は多いかもしれませんが、元々「潮湯治(しおとうじ)や潮浴(しおあみ)」など、温泉湯治と同様に病気治療を目的としていた歴史があります。

 鎌倉幕府の3代将軍である源実朝(源頼朝の次男。歌人。のち鶴岡八幡宮で甥に暗殺)が、鎌倉の海に入り、病気治療を行っていたと『吾妻鏡』に記録されていますが、一般社会に広まってはいません。

 海水浴の起源は、イギリス人医師「リチャード・ラッセル」が1705年に自らが治療した「壊血病やハンセン病に海水浴が効果的であった」との論文を発表したのが始まりで、比較的歴史は浅いのです。

 日本に海水浴が広まったのは、明治時代。明治18年(1885年)大磯海岸(神奈川県)に海水浴場を開き、普及に努めたのが、医師『松本良順(まつもと りょうじゅん)1832~1907』。

「榎本武揚」の親族でもある「松本良順」は不思議な経歴を持っています。佐倉藩(千葉県)藩医「佐藤泰然(佐倉順天堂医院:順天堂大学の前身)」の次男として生まれ、オランダ軍医「ポンぺ」の弟子となり、西洋医学を学び、将軍の診療を行う「奥医師(江戸幕府の医官)」となります。新選組局長「近藤勇」と親交があり、京都で活動する新選組隊士の診察・健康管理や食事指導を行いました。慶応4年(1868年)戊辰戦争に幕府軍側軍医として従軍し、仙台で降伏し、投獄されます。赦免後、明治4年(1871年)山縣有朋の声掛けにより、明治政府に出仕し、明治6年(1873年)大日本帝国陸軍初代軍医総監に任ぜられています。

「松本良順」は、「海には潮の干満、波動が全身に刺激を与え、新陳代謝促進、貧血の改善などに効果がある」とし、海水浴による病気治療効果や健康増進効果を『海水浴法概説(1886年)』に記しています。

 同じ時期、「伊香保温泉(群馬県)」はじめ日本各地の温泉地を整備した外国人医師「ベルツ」が、海水浴の治療効果を明治政府に進言、「後藤新平(医師、元東京市長、元内務大臣・外務大臣)」が、「大野海岸(愛知県常滑市)」に海水浴場を開設するなど、当時の医療関係者は、海水浴を病気治療に資するものと考えていたようです。

 現代医療では、海水浴で病気を治療することはまず無いでしょう。それでも「海や波を見ると心が癒される」リフレッシュ作用は、私たちを幸せにしてくれることは間違いありません。海でのデートやプロポーズが効果的なのも分かる気がしますよね?

【著者撮影:伊豆大島(東京都大島町)】

海水浴場は毎年違う??

 日本全国には、約1252の海水浴場があります(全国海水浴場一覧:海上保安庁調べ、平成29年4月)。

 海水浴場は毎年場所や環境が全く同じというイメージがありませんか?

 実は、各年で海水浴場の数は増減、遊泳区域の海岸線の長さも変更される(例:おたるドリームビーチ、平成29年900m→平成30年830m)ことがあります(資料:「平成30年度の海水浴場の開設について」北海道環境生活部スポーツ局スポーツ振興課)。

 私自身が調べた限りでは、全国の海水浴場の情報を見られるのは上記「全国海水浴場一覧」だけでした。

 最新の海水浴場情報(所在地・アクセス、駐車場、トイレの有無など)は、目的地の都道府県や市町村、観光協会などのホームページで事前に調べることをお勧めします。

 家族連れの方やデートの方(特に男性諸氏)は、事前調査をきちんと行うと”ご自身の株”が上がる、かもしれません!!

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