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2018.06.23

東京下町の魅力再発見!おとなのデートコース「御徒町」

【御徒町】明治新政府は、徳川の時代の終わりを庶民に知らせるため、町名を変え、江戸城を皇居に変え、「江戸」を別の町「東京」として生まれ変わらせました。ですから、東京っ子は、420年の歴史を持つ古都に住むわりに、歴史を感じることがありません。が、よく見れば、東京には今も随所に江戸が残っています。蔦屋重三郎が1802年に葛飾北斎の絵で出版した「画本東都遊」になぞらえ、下町に残る江戸を紹介します。こちらを参考に、ぜひ下町歴史探訪にお出かけください。

【 御徒町 】

御徒町

 江戸時代、将軍の通り道を警備する侍は「御徒(おかち)」と呼ばれ、「御徒」は28人を1組として全部で20組が組織されていた。彼らの多くは、昭和通りが神田川を越える和泉橋から北、上野までの間に屋敷を構えていたため、この辺りの街についた地名が「御徒町」——「御徒町」という町名は1964年に消滅し、今は駅名に残っているだけだが、21世紀の今、この街の周辺は、東京の中のアジアとして再び注目を集めている。そんな「東京の中のアジア」を訪ねてみよう。

 出発点は、山手線・御徒町駅。この駅の東側のJR線路と昭和通りの間のタテ550m、ヨコ100mの一帯は、日本一の宝石問屋街である。このエリア内の宝石商・加工場の数は400社に及び、年間の売り上げは500億円以上。日本国内で売られているダイヤモンドのほぼ半分がこの町を経由すると言われる。

 この辺りには神社仏閣が多く、江戸時代は、「御徒」だけでなく仏具や銀器の職人が多く住んでいたそうだが、第二次大戦後は米兵相手の時計店が増え、次第に宝飾街を形成。日本の経済成長に合わせて、宝石の産地であるスリランカやインドの宝石商が店を出し、国際色豊かな街に発展した。店の多くは入口に「一般客お断り」の看板を掲げた問屋だが、駅に近いほど一般客相手の小売りもしており、それらは中間マージンがない分、価格はかなり安い。通りには「ダイヤモンド・アヴェニュー」「サファイア・ストリート」などなど、宝石の名前がついており、歩くだけでも楽しい街だ。ただし、彼女と行く場合は、宝石を買わされないようくれぐれもご用心を。

 エリア内には、インド人宝石商が経営する、東京で最も本場っぽい100%ベジタリアンのインド料理店『ヴェジハーブサーガ』(MAP 1)があるので、昼食はここで(飲酒禁止の店なので、夕食ではなく昼食向きである)。

 この宝石街の南半分と平行したJRの高架下の、かつては倉庫と駐車場だった全長160mのスペースは、JR東日本が2010年に作った商業施設「2k540 AKI-OKA ARTISAN」(MAP 2)——ここにはオリジナル万華鏡の専門店「創心万華鏡」や、木型を使った手作り帽子の「イフティーアート」、77色の布と3種類の丈の長さを選べるオリジナルの傘の「Tokyo noble」など、工房併設の職人の店ばかり52店が集まっており、『oggi』や『Domani』ではなく『リンネル』や『クウネル』を読んでいる女性なら、大喜びするはずだ。

『2k540 AKI-OKA ARTISAN』

『2k540 AKI-OKA ARTISAN』
「職人の街」御徒町の伝統を受け継ぐユニークな施設。「2k540」とは鉄道用語で「東京駅から2k540m」の意。
◆電話:03・6806・0254 ◆住所:台東区上野5-9 全体の営業時間は11:00〜19:00 水休

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