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2018.06.17

東京下町の魅力再発見!おとなのデートコース「新川」

【新川】明治新政府は、徳川の時代の終わりを庶民に知らせるため、町名を変え、江戸城を皇居に変え、「江戸」を別の町「東京」として生まれ変わらせました。ですから、東京っ子は、420年の歴史を持つ古都に住むわりに、歴史を感じることがありません。が、よく見れば、東京には今も随所に江戸が残っています。蔦屋重三郎が1802年に葛飾北斎の絵で出版した「画本東都遊」になぞらえ、下町に残る江戸を紹介します。こちらを参考に、ぜひ下町歴史探訪にお出かけください。

【 新川 】

新川

 隅田川を渡った先の深川や清澄白河を流れる運河は、すべて一直線なのに対し、隅田川のこちら側を流れる日本橋川や神田川はウネウネと蛇行している。これは、江戸城の周りに造られた人工河川が堀を兼ねていて、堀がウネウネしていたほうが城を守りやすかったからだ。

 1964年の東京五輪の直前に完成した首都高速・環状線は、建設の時間がなかったため、土地買収の必要がない江戸時代の人工河川の上に掛けられた(だから首都高は意味なくウネウネと曲がっているのだ)。おかげで、日本橋川は全長4.4kmのうち、3.9kmまでが頭上を首都高にふさがれることになった。首都高速環状線を車で走るということは、家康の築城戦略をそのまま車でたどるのと同じこと。つまり首都高を走る車は、家康の企みでハンドルを切らされているのである。

 今回は、その日本橋川の頭上を覆った首都高がようやくはずれ、川面が露出する河口部の町、新川を訪ねてみよう。新川は日本橋川・隅田川・亀島川という3つの川で「本土」と隔てられた、一辺500mの四角い完全な「島」である。東京駅八重洲口から真っ直ぐ1kmという近さのわりに、よく言えば「静かで落ち着いた」、悪く言えば「終わっちゃってる感じ」の「島」なのだ。

 この「島」の基礎を作ったのは、江戸時代初期、明暦の大火の際に木曽の木材を買い占めて財を成した豪商・河村瑞賢(1617〜1699)。彼が、島の中央に「新川」と呼ばれる堀を開削し、そこに灘や伏見の酒を運び込んだため、堀沿いに酒の倉庫がたくさん建てられ、江戸に37店あった酒問屋の約7割が堀の両脇に集中した。つまりこの島、江戸時代は酒の一大マーケットだったのである。島の北部には、「新川大神宮」という酒屋の守り神もあり、この神社は第二次大戦の戦災で焼け落ちた際、日本全国の酒屋からの寄進で再建されたという。

 そんな「酒の島」に、最近、マンションが次々に建てられ、「島内」人口が急増。それとともに、地元住人向けのバルやバールがたくさん生まれ、「酒の島」は「バルの島」に生まれ変わった。3つの川で「本土」と隔てられ、9つの橋で結ばれた「バルの島」——こんなイケてる街、そうほかにはない。

 島巡りはバルが開く夕方から始めるに限る。スタート点は、地下鉄日比谷線・茅場町駅の1番出口の近くの「新亀島橋」だ。この橋の近くの裏路地の5階建ての小さなビルの1階に、島随一の本格スペイン・バル『トルトゥガ』(MAP 1)がある。オーナーは「島」の生まれ育ちだそうで、実家は築地場内市場のエビ問屋『亀福』。そのため、この店の料理はアヒージョ、フリートス、鉄板焼きなどなど、エビ尽くし。料理はうまいし、店の雰囲気もいい。「島」で食事をするならまずこの店だろう。

『トルトゥガ』

『トルトゥガ』
2009年12月オープン。2人でたっぷり食べてワインも飲んで1万2000円弱。パエリアは要前日予約。
◆電話:03・3551・3444 ◆住所:中央区新川2-2-4 ◆17:30~23:00 不定休 23席

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