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経営の神様・松下幸之助に学ぶ「ものづくりの矜持」

2018.05.04

 世界恐慌が襲った1929年には、現在も経営理念として受け継がれている「綱領・信条」を制定。そして1932年には「第1回創業記念式」が開かれ、産業人として果たすべき真の使命を説いた。有名な「水道哲学」である。

「水道の水は、通行人がこれを飲んでもとがめられない。それは量が多く、価格があまりにも安いからである。産業人の使命も、水道の水のごとく物資を豊富にかつ廉価に生産提供することである。それによってこの世から貧乏を克服し、人々に幸福をもたらし、楽土を建設することができる。我が社の真の使命もまたそこにある」

 また、この使命を達成するためには長い年月が必要だとして「250年計画」を発表。壮大な計画に出席した全社員が興奮したという。

 翌1933年には規模が大きくなった組織を製品分野ごとに3つに分ける「事業部制」を日本の企業としては初めて導入。幸之助は体が弱かったこともあり、自分だけで経営全体を見渡す限界を自覚しており、製品の開発から生産、販売まで一貫して責任を持つ独立採算制によって、人に任せ、人を育てる経営をいち早く打ち出した。戦前のこの時代としてはほかには例のない画期的な機構改革であり、その後の大躍進の大きな原動力となった。

◎ほかに先駆けて実践に移す叩き上げの経営哲学

 こうして「幸之助イズム」をどんどん具現化させていく中、戦後の混乱期を経て、その目は国内にとどまらず、海外にも向けられていった。

 1951年には初のアメリカ視察に出発。約3か月にわたる視察で現地の圧倒的な技術力を目の当たりにした幸之助は「優秀な技術は買ったらええ」と、時間を買う「M&A」戦略を積極展開させていく。

 1952年にはオランダ・フィリップス社が技術提携の要求を譲らない中、頭を悩ませた幸之助は、「経営にも価値がある」と経営指導料を要求し、決着させた。同年12月に新会社・松下電子工業が発足した。

 1954年には、経営難だった日本ビクターと資本提携。後に日本ビクターが開発したビデオ規格「VHS」方式が、ソニーの「ベータマックス」との規格戦争で勝利を収めたのもその先見の明だっだ。

 戦前に事業部制を取り入れ、戦後まもなくグローバル化を見据えるなど数々の先鞭をつけてきた幸之助だが、今では当たり前の「週休2日制」を日本で初めて導入したのも当時の松下電器産業だった。1960年に「今後、世界と互角に競争するためには能率を飛躍的に向上させなければならない。それには休日を週2日にし、十分な休養をとる一方で、文化生活を楽しむことが必要になる」と5年先の導入を宣言。前述のように熱海会談が必要なほど景気は後退していたが、公約どおり、1965年に「週5日制」の実施に踏み切った。

[1933年]「事業部制」を導入し、自主責任経営の徹底と経営者の育成を図る。
[1933年]「事業部制」を導入し、自主責任経営の徹底と経営者の育成を図る。

[1951年]初めてのアメリカへの視察に出発。
[1951年]初めてのアメリカへの視察に出発。

[1952年]オランダ・フィリップス社との提携。
[1952年]オランダ・フィリップス社との提携。

[1960年]「5年先に週5日制」構想を発表する。
[1960年]
「5年先に週5日制」構想を発表する。

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