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2018.02.10

「日の丸飛行隊」というカッコよすぎるユニット名はなぜ生まれた?

冬季五輪と日本選手団の歩み(2)札幌〜長野のメダリストたち

平昌五輪が2月7日にいよいよ開幕。DIME3月号ではこの大会に出場するフィギュアスケート羽生結弦選手を特集しているが、当コラムでは冬季五輪の歴史にスポットを当て、歴代の大会を振り返る。第22回ソチ大会まで冬季五輪トータルで、日本選手団は、金10銀17銅18の合計45個のメダルを獲得してきた。過去の冬季五輪と日本選手団の足跡とは……。全三回にわたってお届けする。

第一回はこちら

■「日の丸飛行隊」とかいうカッコよすぎるユニット名


(※写真はイメージです)

東京五輪の閉幕から約1年半後の1966年4月、IOC(国際オリンピック委員会)は第11回冬季五輪の開催地を札幌市に正式決定した。東京五輪同様、この札幌大会は日本の存在を世界に示す国家的行事と位置付けられ、真駒内のスピードスケート場や大倉山ジャンプ競技場など4つの施設の新設・改修費用およそ43億8000万円は国が全額負担。その他10か所の競技施設は国・札幌市・大会組織委員会の三者が分担して施工。こちらも約25億円を国が補助した。

自国開催の札幌五輪で、猪谷千春(アルペン男子回転)以来16年ぶりの冬季五輪メダリスト輩出を目指したJOC(日本オリンピック委員会)は、90人の選手団を結成。実施される全競技に選手を送り込んだ。特に期待されたスキー・ジャンプの笠谷幸生(かさや・ゆきお)は70m級で金メダルを獲得。金野昭次(こんの・あきつぐ)と青地清二(あおち・せいじ)も銀・銅に輝き、表彰台を日本が独占し、彼らは「日の丸飛行隊」の愛称で親しまれた。

■冬季五輪8回出場の「生きるレジェンド」

1980年のレークプラシッド大会で八木弘和が銀メダル(70m級)に輝いたのち、日本は同競技でメダルから遠ざかったものの、90年代には「日の丸飛行隊」が復活。1994年のリレハンメル大会(この大会から、冬季五輪は夏季五輪の中間年に開催されることになった)ではラージヒル団体の原田雅彦、葛西紀明、岡部孝信、西方仁也も銀メダルを獲得すると、続く1998年の長野大会でもラージヒル団体(岡部孝信、斎藤浩哉、原田雅彦、船木和喜)で金、ラージヒル個人は金(船木)と銅(原田)、ノーマルヒル個人(船木)が銀メダルを手にした。

ちなみに葛西紀明は、1992年アルベールビル大会で五輪初出場。以来、2018年平昌大会まで8回連続で五輪に出場しており「生きるレジェンド」として世界中の競技関係者から尊敬されている。

またジャンプとクロスカントリーを合わせたノルディック複合も、1992年アルベールビル大会と1994年リレハンメル大会で日本が団体を連覇。河野孝典は個人でもリレハンメルで銀メダルを獲得した。

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