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2017.09.23

戦国武将の妻たちに学ぶ〝男を出世させる〟コツ

戦国時代の“あっぱれな”女たちに学ぶ出世するオトコの条件

 巷にまん延しているモテテクによれば、常に控えめで男性のプライドを上手にくすぐるのがイイ女なのだそうだ。「さすが」「知らなかった(知ってても知らないフリ)」「すご~い」を連発し、あえて下手に出ることで男性に優越感と自信を抱かせる。キツい物言いやアドバイスは、男性を傷つけてしまうので厳禁なのだとか。

 ところで、昔の日本人女性はどんな風に振る舞っていたのだろうか?「昔の女性っていうのは常に控えめで口ごたえせず、男をきちんと立てていたんだよ」と説教をしてくる年配男性がたまにいるが、こと戦国時代に関しては必ずしも当てはまらないようだ。

■家臣や領民からの信頼も厚かった…豊臣秀吉の正妻・おね(ねね)

 戦国時代、農民から天下人にまで昇りつめた豊臣秀吉の正妻・おね(ねね)は、人望もありスバ抜けて頭が切れる女性だった。ふだんは穏やかだが、ここぞというときにははっきりと自分の意見を主張する女性で、動乱の中、夫・秀吉の頼れるビジネスパートナーとしても辣腕をふるった。

 十代の頃に、当時はまだ身分の低い農民だった秀吉(当時は木下藤吉郎)と恋愛結婚。その後、秀吉は天下統一を果たしたのだから、“男を見る目”も並大抵ではなかったようだ。

 秀吉・おね夫妻は“かかあ天下”として有名だが、言い伝えによるとおねは温厚で面倒見のよい人柄だったという。夫のみならず、その主君である織田信長や、夫の家臣・領民からも信頼が厚かった彼女には、こんな有名なエピソードがある。

 信長が北近江の浅井長政を滅ぼした小谷城の戦いでの活躍を評価された秀吉は、長浜城(滋賀県長浜市)を信長から与えられ、初めて城持ち大名となった。

 自分の城下町に人を集めるため、秀吉は“年貢免除”を発表。今でいう経済特区のような制度を導入して、城下町を繁栄させようとした。“年貢免除”が功を奏して、またたく間に長浜の町は人であふれ、活気づいた。ところが、思ったよりも人が多く集まりすぎたことや、領民が減った近隣諸国の大名からの苦情を受け、しばらくしてから秀吉は“年貢免除”を廃止する意向を発表した。

 年貢免除のために引っ越してきたのにすぐに廃止されたのでは、町衆はたまったものではない。困った町衆は、話のわかりそうなおねに直談判した。戦国時代は、戦や外交で不在がちだった武将である夫に変わって、妻が“城主代理”として城内を取り仕切り、家臣の面倒を見たり、町衆の意見を聞いたりすることも少なからずあったようだ。

 町衆の必死の訴えを聞き、ふびんに思ったおねは、夫である秀吉に対し“年貢免除”を継続するよう説得する。秀吉も、おねの人望と才覚には一目置いていたので、おねの言うとおり“年貢免除”廃止を撤回した。その後、長浜の城下町は大いに栄え、秀吉も町衆からの絶大な人気を獲得できた。

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