電動三輪マイクロモビリティ「Striemo(ストリーモ)」職人たちが乗って走行テストを実施
ホンダ発のスタートアップが開発した電動三輪マイクロモビリティ「Striemo(ストリーモ)」試乗の様子。
ホンダの新事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)」から生まれた株式会社ストリーモは、1人乗りの電動三輪マイクロモビリティ「Striemo(ストリーモ)」を開発。独自のバランスアシストシステムにより、ゆっくり歩くようなスピードから自転車程度のスピードまで、転びづらく安定した走行を可能にした。同社は、2022年11月1日に本社をガレージスミダに移転し、墨田区の開発・実証実験施設「東墨田ラボ」で量産の準備を進めている。
東墨田ラボは、墨田区のSDGsモデル事業「産業振興を軸としたプロトタイプ実装都市~ものづくりによる『暮らし』のアップデート~」の一環で2022年に開設された。単に目新しいことを行うだけでなく、社会課題の解決に取り組んでいるスタートアップ企業を区内に誘引する目的がある。区内企業との連携を図ることで、医療や環境、高齢化といった地域の課題解決に役立つ試作品を開発し、社会実験として地域で活用していく……といった趣旨のものだ。ガレージスミダは、墨田区の委託で同ラボの運営を任されている。
「東墨田ラボを最初に活用したのは、次世代型電動車いす・パーソナルモビリティWHILL(ウィル)を手がけるWHILL株式会社で、その次に株式会社ストリーモが現在、マイクロモビリティの開発・走行テストを行っています。2社とも、“移動”という社会課題にアプローチするツールを開発しているという点で共通しています。いずれは、出来上がった製品を墨田区の福祉施設などで使ってもらうなど、プロトタイプの実証・実装に力を入れていきたいと考えています」
Striemoの走行テストは、東墨田ラボの裏手にある廃校になった小学校の校庭で行われたのだとか。
「そもそもStriemoはユーザーの安心感を第一に考えて設計されているため、浜野製作所の年齢層が高めのメンバーを集めて、実際に安心して乗れるかどうかをヒアリングしました。一般的な二輪の電動キックボードは低速にすると車体がグラついてしまうと思うのですが、Striemoは三輪と独自のバランスアシストシステムのため安定感が抜群で、停車時に上に乗った状態でも倒れにくいんですよ」
昨年6月より実施した国内消費者向けの抽選販売で、申し込み開始から48時間で予定販売数の4倍に当たる1200件の申し込みが殺到するほど、大きな反響があったという。現行の法律では、電動キックボードの運転には個人所有・シェアリングを問わず免許が必要だが、今年7月に法律が緩和される見通しだ。これが追い風となり、下町発のモビリティが新たな足として街を席巻する日が来るかもしれない。
「女性の社会課題を解決したい」理学療法士がアイデアベースから尿もれ改善器具を開発
理学療法士の大西安季さんが考案した、尿漏れを改善するためのマッサージツール。
2例目は、東京都主催のビジネスプランコンテスト「TOKYO STARTUP GATEWAY」で2022年の優秀賞に輝いた「誰にも知られずに尿もれを予防できる、漏れないサービス」だ。発案者の大西安季さんは、理学療法士として働きながら、いわゆる「ちょい漏れ」(腹圧性尿失禁)を低減させるための予防対策の研究を9年間にわたり続けてきた。ビジネスプランの内容は、骨盤底筋へのセルフマッサージにより尿もれ改善につなげようというもので、骨盤底筋の柔軟性を高めるためのマッサージツールを開発するため、ガレージスミダの支援を受けている。
先に登場した株式会社ストリーモの代表者はゴリゴリの設計畑出身で、Striemoの設計がある程度進んだ段階から支援が始まったが、こちらのケースではアイデアベースからのスタートとなる。かと言って工場に設計・製作を丸投げするわけではなく、製品開発は発案者とガレージスミダの二人三脚で進められる。マッサージツール開発プロジェクトの進行を担当する佐藤麻耶さんはこう話す。
「ざっくりとしたアイデアを出してもらうだけではなく、本人に紙粘土で形を作ってもらって、『この部分をこの形状にしたのにはどういう意図がありますか?』など設計者と質疑応答を重ねながら、プロトタイプの製作を進めているところです。現在は尿漏れパッドという解決手段もあるけれど、そもそも漏れないに越したことはないですよね。産後や更年期の尿漏れで悩んでいる方々の社会課題への根本的なアプローチということでたいへん意義深いものだと思うので、ビジネス化につながるよう、支援をしていきたいです」(浜野製作所 経営企画部 佐藤麻耶さん)
社会課題への意識、ビジョンが明確であればガレージスミダでは、頭から突っぱねずに『まずは話を聞く』ということを大事にしているという。
「話を聞いた上で、我々のできる協力、あるいは適した企業さんを提案して、志を持った方々の“ゼロからイチを生む”ものづくりを支援したいと考えています」
熟練の職人から高専卒の若手設計者までものづくりの鬼才が集まる
テレビ番組の企画で製作した魔改造トースター「ゴースター」。トーストされた食パンが飛んだ高さを3団体で競い、ゴースターは9m以上の高さを記録し見事1位に輝いた。
ガレージスミダを運営する浜野製作所は、月面探査車用の金属製タイヤの開発、巨大ロボが殴り合う「リアルロボットバトル」、家電やおもちゃを“魔改造”する企画など、型破りなものづくりに取り組んできた。そうした場で築いた人脈が生きる場面もあるそうだ。
「そういったイベントや企画に参加される企業さんは発想が柔らかく、我々の取り組みに共感していただけることも多いのかな、と思います。また、弊社の加工技術だけでなく、我々とは違う技術を持っている企業さんにご協力いただくことで、お客様の作りたいものを具現化することができています」
担い手不足にあえぐ町工場もあるなか、同社には、加工に特化した者、設計に特化した者、いずれにも長けた者とメンバーの層が広い。ユニークな実績も相まって、「ここでなら自分たちの好きなものを作れる」と、高専出身者がものづくりを学ぶためにやって来るという。
「設計を心得た人がインターンとして来てくれたり、入社してくれることは、たいへん心強いです。また、スタートアップのヒアリングや設計を若手社員が担当することもあるため、彼らにとってもさまざまなケースに触れ、トライアンドエラーを重ねることは良い勉強になっているようです」
ガレージスミダの小林さんは、町工場やものづくりの地位向上について意気込みを述べる。
「今の消費はコスパ先行で、本当に良いもの・残すべきものであっても後継者不足などで淘汰されてしまうこともある。ものづくりを継続・成長させるには、製造業としてブランドを確立させる必要があると考えます。町工場である我々が先陣を切って、作り手や生産者が尊ばれるような社会を目指して頑張りたいと思います」
スタートアップは町工場の力を借りて夢をかたちにし、町工場はスタートアップの支援を通してノウハウを蓄積していく。この好循環が広がっていけば、一事業が実る以上に価値あるものづくりのシナジーが生まれていくことだろう。
取材・文/松嶋千春(清談社)