〈アフリカのどこかの国と日本とのハーフらしい。陸上やってたらしい。モデルもやってたらしい。もしかしたらゲイかもしれない〉。そう噂されているのは、安堂ホセのデビュー作にして、第168回芥川賞にノミネートされた『ジャクソンひとり』の主人公。仕事は、スポーツブランド会社に併設されているフィットネスセンターで、会社所属のスポーツチームのメンバーやスタッフにマッサージをすることだ。ある日、フードコートで周囲がざわつき出す。ジャクソンが着ていたロンティーの背中にあるQRコードにアクセスした、バスケットボ―ルチームのキャプテンのスマホに過激な映像が映し出されたのだ。
危険なプレー動画が導く4人の結末
それは〈ココアを混ぜたような肌、ぱっちりしすぎて悪魔じみた目、黒豹みたいな手足〉の青年が、マンハウリングという危険なプレーをされているポルノ動画。ジャクソンが「悪いけどこれ、俺じゃないですよ」と言っても、キャプテンは疑いの目を向ける。「ていうかさ、どうしてこれが俺だと思うの?」「見た目が」「具体的にどの部分が似てるの?」〈黒い、肌、顔が、お前しか、人種、こんな人間、こういうタイプ……どの言い方も状況的にアウト〉だから、言葉をのみ込むしかないキャプテン。
この冒頭のエピソードだけで、ゾワゾワしてくる。不穏だ。日本におけるマジョリティーである黄色人種の自分とは違ってて、違っていれば本来なら個性を見いだせるはずなのに、肌の色が黒いというだけで細かい区別をつけることができない。ブラックミックスは大勢いるのに、みんなジャクソンに見える、ジャクソンひとりの世界。そういう雑な認識が生む根の深い差別の構造が露わにされる、〈純ジャパ〉にとっては胸がザワつく幕開けでたちまち読者の胸ぐらをつかんでしまう、スタートダッシュに長けた物語になっているのだ。
やがて、この危険プレーの動画によって、ジャクソンは、3人のブラックミックスと合流。動画を撮り、QRコードつきのロンティーを送りつけてきた犯人をあぶり出すことになる。中盤以降のミステリータッチの展開や、4人が服を交換して、自分たちに加害してきた連中に復讐を仕掛けていくスリリングなシークエンスに至っても、速度は落ちない。落ちないどころか、テンポよく進む地の文章に、ジャクソン4人が交わす会話の軽妙さが加わってスピード感を増していく一方なのだ。といって、エンタメ小説のようにスラスラ読めるタイプの文体ではない。安堂ホセという唯一無二の人間の個性は、しっかりと刻印されている。
芥川賞は受賞に至らなかったけれど、この文章表現の際立ち方は最大級の評価を受けるべきだ。日本という小さな島国における差別の構造を浮かび上がらせる。これは確かにその役割を果たす作品ではあるけれど、わたしはそれ以上に速度と軽さの表現の巧みさに惹かれた者だ。あと、ラストがすばらしい。ネタばらしになるので明かせないけれど、呆然必至。わけがわからない不穏な気配をまとわせたまま、物語は夜の闇の中、トップスピードで駆け抜けていく。うん、かっこいいよ、安堂ホセ!
『ジャクソンひとり』
著/安堂ホセ 河出書房新社 1540円
豊﨑由美
『ジャクソンひとり』は第59回文藝賞受賞作ですが、同時受賞した日比野コレコの『ビューティフルからビューティフル』も個性際立つ佳品です。ここ数年、『文藝』が送り出す新人は要注目!
【編集部イチオシの3冊】これからの人生のために
『流山がすごい』
著/大西康之 新潮社 858円
■ マイホーム計画、練り直しますか?
6年連続で人口増加率トップを誇る町がある。千葉県流山市だ。行政が打ち出す政策が、いかに流山を魅力的にしているかをまとめた1冊。マイホーム計画は予算だけでなく、その地の行政を調べることも重要なのだ。
『俺が守る! 夢のマイホーム実現計画 我が生涯に一片の悔いなしッ!!』
著/早川真司 フローラル出版 1870円
■ 人生最大の買い物への疑念や不安を解消
人生で最大の買い物・マイホームという夢をいかに実現させるか。暮らしながら貸し出しも行なうという「賃貸併用住宅」に絞って、そのメリットやポイントを解説。本書を参考にした夢の練り直しが実現への近道かも。
『ジジイの台所(だいどこ)』
著/沢野ひとし 集英社 1760円
■ 年寄りこそ積極的に台所に立つほうがいい
ジジイである著者が出会った、使った台所や、そこで作った料理にまつわる感動やおもしろエピソードをまとめたエッセイ集。著者の緩やかな語り口もあり、マイホームを持つなら台所に力を入れなきゃと思わされる。
文/編集部