こんにちは。弁護士の林 孝匡です。
宇宙イチ分かりやすい解説を目指しています。
裁判例をザックリ解説します。
Xさんの会社では残業手当98,000円が支払われていたのですが、その手当は残業時間82時間を想定していました。長すぎです。80時間を超えると心臓疾患などのリスクがあるので。
裁判所は「この残業手当は公序良俗に反し無効」と判断。結果、残業手当98,000円は基礎戦闘力に組み込まれることになりました。残業代計算するときの基礎賃金が上がるので、結果、残業代もアップすることに(ビーエムホールディングス事件:東京地裁 H29.5.31)
以下、くわしく解説します。
登場人物
▼ 会社
車の販売買取り、車検などを行う会社の鈑金塗装の業務を引き継いだ会社。
▼ Xさん
鈑金塗装をしていた。
どんな事件か
Xさんと会社との契約内容は以下のとおりです。【手当】を巡って攻防が繰り広げられました。
▼ 契約内容
月額 274,600円
〈内訳〉
基本給 15万6600円
家族手当 2万円
サー ビス手当 7万8000円
LD手当 2万円
上記2つの手当は残業手当として支給(残業82時間分相当として)
★ 基礎戦闘力はいくらか?
基礎戦闘力とは、むずかしい言葉で言えば【割増賃金の算定基礎となる賃金】のことです。
この基礎戦闘力が上がれば残業代もアップすることになります。なぜならザックリいえば残業代は【基礎戦闘力×1.25】だから。
なので【基礎戦闘力がいくらか】は死活問題なんです。今回も会社とXさんはバトルを繰り広げます。バトルはザックリ以下のとおり。
■ Xさんの主張
2つの手当ては82時間もの残業を想定している。長すぎでしょ。36協定では残業時間の上限は45時間。82は長すぎなので残業代支払いの合意として無効。なので手当は【基礎戦闘力】に組み込まれる
■ 会社の主張
いや有効だ。【基礎戦闘力】に組み込まれない。
結果、裁判所はXさんに軍配を挙げています。詳しくは後述。
▼親睦会費が給料から差し引かれる
Xさんは「何だこれ?」と思ったのでしょう。親睦会費として毎月2000円が給料から差し引かれていたからです。
▼ 労基に相談
ある日、会社は賃金規定を改定します。Xさんたちは「これは私たちに不利益な改定だ」と感じました。そこで労働基準監督署に相談に行きました。
▼ 異動命令
会社は「何チクっとんねん!」と激怒したのでしょうか。その5日後。Xさんに異動命令をだします。「明日から他の店舗に異動してね」というカナリ急な命令。Xさんがその店舗で勤務するには引っ越しが必要でした。
▼ うつ病を発症
その2日後。Xさんはうつ病を発症し、休職。約1ヶ月後、Xさんは自主退職しました。
Xさんの請求
Xさんが訴訟を提起。Xさんの主張は以下のとおり。
・親睦会費として差し引かれていた分を払って
・残業代を払って
・異動命令は違法なので慰謝料を払って
(争点はもう少しあるのですが文字数がキツイので上記3点について解説します)
裁判所の判断
3点についてXさんの勝訴です。裁判所は以下のとおり判断しました。
・親睦会費を差し引いちゃダメ
・残業手当は無効(基礎戦闘力に組み込む)
・異動命令は違法。慰謝料を払え
順番に解説します。
親睦会費を差し引いちゃダメ
裁判所は以下のとおり判断しました。
・賃金【全額払い】の原則に違反してるよ(労基法24①)
書面による協定もないからね
・Xさんが同意してたとしても無効なのよ
というわけで裁判所は「3万4000円を支払え」と命じました。
手当は基礎戦闘力に組み込む
裁判所は【サービス手当:7万8000円、LD手当:2万円】について「公序良俗に反し無効」と判断しました。理由はザックリ以下のとおり。
・月80時間以上の残業は脳・心臓疾患のリスクが高まる
・36協定における残業時間は月45時間が上限
・これに照らせば長すぎだわ
というわけで裁判所は「手当は残業代の対価と言えない。手当を基礎戦闘力に組み込む」と判断。むずかしい言葉で言えば ↓
判決文より引用
結果、残業代約188万円の支払いを命じました。
異動命令は違法(慰謝料9万円)
裁判所は「異動命令は違法」と判断。理由は以下のとおりです。
・異動するよう命じた店舗で勤務するには引っ越しが必要
・新しい住居は決まっていなかった。
・なのに「翌日から異動せよ」と命じた
・そんな緊急性はない
とうわけで「異動命令は違法やりすぎ(=Xさんの不利益として通常甘受すべき程度を著しく超える)」と認定。
ほかの裁判例
ほかにも裁判所が「この手当の金額ででこの残業時間を想定って長すぎでしょ!無効!」と判断したケースがあります。
■ ザ・ウインザー・ ホテルズインターナショナル事件:札幌高裁 H24.10.19
職務手当 95時間分の残業代
■ マーケティングインフォメーションコミュニティ事件:東京高裁 H26.11.26
営業手当 100時間分の残業代
さいごに
今回は固定残業代に対応する労働時間が長すぎケースを解説しました。それ以外にも固定残業代が無効となるケースがあります。以下の方は労働局に申し入れてみましょう。
・固定残業代が何時間分に対応してるか分からない方
・基本給と手当がゴチャっとしている方
基礎戦闘力が上がる可能性があります。労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。「こんな解説してほしいな〜」があれば下記URLからポストして下さい。ではまた次の記事でお会いしましょう!
取材・文/林 孝匡(弁護士)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。
webメディアで皆様に知恵をお届け中。「
https://hayashi-jurist.jp(←
https://twitter.com/
@DIME公式通販人気ランキング