コピーライターとして、テレビやラジオのCMをつくったり、企業のブランディングを手掛けてきたコピーライターの川上徹也さんはうまく伝わらないのは、あなたの考えが間違っているからではなく、伝え方次第で、生じることのなかった誤解やすれ違いをなくすことができる、人はもっとわかり合うことができると言います。川上さんがハーバードやスタンフォードなど世界中の研究から、日常に取り入れやすいものを選んでまとめた伝え方の法則を、著書「面倒なお願いでも、気持ちよく相手に届く伝え方は?人を動かす伝え方50の法則」から一部抜粋・再構成してお届けします。
相手の「本音」を価値にする
画期的な技術力を持った期待の新商品が、予想に反してまったく売れないことはよくあるものです。でもだからと言って、諦めるのはまだ早いです。
「お客様の本当の欲求」をつかんだコンセプトを見つけ、それを的確な言葉(コピー)に変えれば、突然売れ出すことがあるからです。
1996年、アメリカのプロクター&ギャンブル(P&G)社では、画期的な新商品が開発されました。始まりはその3年前。ヘビースモーカーの研究者が、ある化学薬品を扱った研究のあとに帰宅したら、妻から「たばこやめたの? においがしない」と言われたのがきっかけでした。
その後、莫大な研究費がつぎ込まれ、この企画は無事、商品化されました。スプレーを吹きかけるだけで、シミにならずたいていの布の悪臭を消し去るという画期的な新商品です。商品名は「ファブリーズ」に決まりました。
ファブリーズはまず、フェニックス、ソルトレイクシティ、ボイシシティの3都市で実験販売されることになりました。コンセプトは「やっかいなにおいを消し去る商品」。2本のテレビCMも制作されました。それぞれ「たばこ臭」「ペット臭」に悩む女性が主人公で、ファブリーズがあればそれらの悩みを解決してくれるというCMです。ダイレクトメールやサンプリングもぬかりなく行われ、スーパーではレジ前のべストポジションに山積みされました。あとは結果を待つばかりです。
しかし、いいニュースは飛び込んできませんでした。それどころか、月日がたつにつれ売上はどんどん減っていきます。大失敗です。
でも、ここからファブリーズの逆転劇が始まりました。実は広告コピーを変えたところ、その途端にファブリーズが売れ出したのです。さて、どんなコピーに変えられたのか、あなたも考えてみてくださいね。
P&Gは「売れない原因」を調査すべく、消費者心理学などの専門家を雇い、買ってくれた主婦たちの家を訪れ、インタビュー調査を重ねました。その結果、買った人も滅多に使っていないことが判明しました。ネコを9匹飼っていて、ものすごい悪臭がしている家でさえ、本人には自覚がなく使われていなかったのです。そんなときある主婦が、「部屋の掃除をしたあと、ささやかなご褒美がわりにファブリーズを使う」というエピソードを語ったことがありました。これを聞いたマーケティング担当者は「これこそが生活者が一番求めているものではないか」と考えるようになりました。そして、「掃除の最初に使うものではなく、掃除のあとのご褒美に使うもの」という新しいコンセプトが生まれたのです。
このタイミングでファブリーズには香料が配合され、単に「悪臭を消すだけ」の商品から、「ご褒美がわりのいい香りがする商品」にも生まれ変わりました。そしてテレビCMも、整えたベッドや洗い立ての洋服に、ファブリーズをスプレーする女性が描かれるようになり、キャッチコピーも「嫌なにおいを取り除こう」から「生活のにおいを一新します」に変えられました。
こうして1998年、ファブリーズが再発売されると、爆発的に売れるようになったのです。なんと2カ月で2倍の売上です。その後、世界的な大ヒット商品になったのは、みなさんもご存じのとおりです。
これは生活者のインサイト(本音)を深掘りした結果、「悪臭を消す商品」から「よい香りがするうえに、悪臭も消すことができる商品」へと、コンセプトとキャッチコピーの変更を行ったゆえの成功だと言えるでしょう。
【まとめ】
最初の狙いが外れたら、相手の「本音」を探ろう
☆ ☆ ☆
「最新の知見」や「新しい視点」のヒントが詰まった「面倒なお願いでも、気持ちよく相手に届く伝え方は?人を動かす伝え方50の法則」。やみくもに大きな声で叫んでも、伝わらない。相手に伝わるからこそ対話は成り立ちますし、そうでなければただのひとりごとになってしまいます。どうにかして、この気づきをわかりやすく役に立つ形で伝えられないかというところからこの本の制作は始まったそうです。伝え方を工夫することで、相手とのコミュニケーションがうまくいく可能性があるなら、手に取って学んでみる価値は十分あるのではと思います。
「面倒なお願いでも、気持ちよく相手に届く伝え方は?人を動かす伝え方50の法則」
著者/川上徹也
発行/株式会社アスコム
川上徹也
湘南ストーリーブランディング研究所 代表/コピーライター
大学時代、霊長類学や社会心理学の研究に没頭。世界中の論文との出会いを求めて図書館に通いつめ、狭いアパートの部屋を学術論文のコピーでいっぱいにして暮らす。「人の心を動かす」仕事に興味を持って、広告代理店に入社。大阪支社で暗黒の営業局時代を経て、29 歳で転局しCMプランナーに。しかしそこでも芽が出ず、会社を辞め何のあてもなく上京。フリーランスという名のフリーターをしながら通った広告学校の講師から、コピーライターとしての才能を見いだされ、TCC 新人賞を受賞。その後、フジサンケイグループ広告大賞制作者賞、広告電通賞、ACC賞などを多数受賞する。現在は、ブランドの魅力を物語にして伝える「ストーリーブランディング」という手法を確立し、企業や団体のマーケティング・アドバイザーとして活動。ジャンルの垣根を越えて、様々なものの魅力を伝え続けている。『物を売るバカ』『1行バカ売れ』( 角川新書)、『ザ・殺し文句』(新潮新書)など著書多数。海外へも広く翻訳されている。