コピーライターとして、テレビやラジオのCMをつくったり、企業のブランディングを手掛けてきたコピーライターの川上徹也さんはうまく伝わらないのは、あなたの考えが間違っているからではなく、伝え方次第で、生じることのなかった誤解やすれ違いをなくすことができる、人はもっとわかり合うことができると言います。川上さんがハーバードやスタンフォードなど世界中の研究から、日常に取り入れやすいものを選んでまとめた伝え方の法則を、著書「面倒なお願いでも、気持ちよく相手に届く伝え方は?人を動かす伝え方50の法則」から一部抜粋・再構成してお届けします。
たった一人のストーリーで感情移入させる
「困っている人のための募金活動」など、「良い行い」を促すのは、相手のメリットも伝えづらいため、なかなか難しいことです。
そんなときに役立つ研究を、ご紹介します。
ペンシルベニア大学のスモール教授やオレゴン大学のスロビッチ教授らが、依頼文の違いで人の寄付行動がどう変わるかを検証しました。
被験者たちは、あらかじめアンケートへの協力で5ドルの報酬を得ていました。その後、彼らには「セーブ・ザ・チルドレン(子どもの支援専門のNGO)」への寄付の依頼状と封筒が手渡されます。
依頼状には次のAとBがあり、被験者にはこのどちらかが渡されました。
【A】
・マラウイの食糧難は、300万人以上の子どもに影響を与えている。
・ザンビアでは、深刻な降雨不足により、2000年からトウモロコシの生産が42%減少。その結果、推定300万人のザンビア人が飢饉に直面している。
・アンゴラでは、人口の3分の1である400万人が家を追われた。
・エチオピアでは、1100万人以上の人々が、緊急の食糧援助を必要としている。
【B】
寄付金は、すべてロキアに渡されます。彼女は、アフリカのマリに住む7歳の少女です。ロキアはとても貧しく深刻な飢えに直面しています。あなたの寄付があれば、彼女の生活はよりよくなります。
セーブ・ザ・チルドレンはあなたをはじめとした支援者により、ロキアの家族や地域の人々と協力しながら、彼女の食事、教育、基本的な医療と衛生教育を支援します。(ロキアの写真)
被験者はAかBの依頼状を受け取ったあと、一人きりの空間で、寄付するかどうかを決めさせられます。
さて、結果はどうなったでしょう?
そうです。みなさんの予想どおり、Bの「ロキアのストーリー」を読んだグループのほうが、Aの統計的な数字が書かれた文を読んだグループより、2倍以上多くの金額を寄付したのです(Aの平均は1.14ドル、Bの平均は2.38ドル)。
冷静に考えれば、ロキアの悲劇は氷山の一角にすぎず、Aのほうがずっと大規模な事実を伝えています。しかし、人は大きすぎる悲劇には感情が追いつかず、共感が薄れてしまうのです。
これに対して、たった一人の悲劇に絞ったストーリーには、多くの人が共感します。この心理は「身元のわかる被害者効果(identifiable victim effect)」と名づけられています。
人間というのは、かくも感情と理性をうまく組み合わせられないものなのですね。ですから、何かをお願いするときは、特定の人のストーリーに焦点を当ててその窮状を訴えると、聞いてもらいやすくなるのです。
「世界のために~しよう」と言うより、「〇〇さんのために」と依頼するほうが、人々の心に響きやすいということですね。
【まとめ】
「世界のため」より「たった一人のため」のほうが、人は行動に移しやすい
☆ ☆ ☆
「最新の知見」や「新しい視点」のヒントが詰まった「面倒なお願いでも、気持ちよく相手に届く伝え方は?人を動かす伝え方50の法則」。やみくもに大きな声で叫んでも、伝わらない。相手に伝わるからこそ対話は成り立ちますし、そうでなければただのひとりごとになってしまいます。どうにかして、この気づきをわかりやすく役に立つ形で伝えられないかというところからこの本の制作は始まったそうです。伝え方を工夫することで、相手とのコミュニケーションがうまくいく可能性があるなら、手に取って学んでみる価値は十分あるのではと思います。
「面倒なお願いでも、気持ちよく相手に届く伝え方は?人を動かす伝え方50の法則」
著者/川上徹也
発行/株式会社アスコム
川上徹也
湘南ストーリーブランディング研究所 代表/コピーライター
大学時代、霊長類学や社会心理学の研究に没頭。世界中の論文との出会いを求めて図書館に通いつめ、狭いアパートの部屋を学術論文のコピーでいっぱいにして暮らす。「人の心を動かす」仕事に興味を持って、広告代理店に入社。大阪支社で暗黒の営業局時代を経て、29 歳で転局しCMプランナーに。しかしそこでも芽が出ず、会社を辞め何のあてもなく上京。フリーランスという名のフリーターをしながら通った広告学校の講師から、コピーライターとしての才能を見いだされ、TCC 新人賞を受賞。その後、フジサンケイグループ広告大賞制作者賞、広告電通賞、ACC賞などを多数受賞する。現在は、ブランドの魅力を物語にして伝える「ストーリーブランディング」という手法を確立し、企業や団体のマーケティング・アドバイザーとして活動。ジャンルの垣根を越えて、様々なものの魅力を伝え続けている。『物を売るバカ』『1行バカ売れ』( 角川新書)、『ザ・殺し文句』(新潮新書)など著書多数。海外へも広く翻訳されている。