自然の豊穣さを実感できる酒造りをめざして
今田さんには、酒造りの職人たちに対するほのかな憧れがあった。子どもの頃、安芸津にはたくさんの蔵人や杜氏が住んでいたし、今田さん自身、住み込みの職人たちと食住をともにしながら育った。
「おやっつあんたち(職人たちをこう呼んでいる)は、何でも自分で作れるんですよ。田んぼ作りから始めて、用水路を作って、米を作る。野菜も作る。蔵も建てるし、道具は木を切って来て作る。箒はホウキグサを取ってきて作る。自分の経験と知恵と、身のまわりにある物で何でも作れる。
だから、気温が1℃違えば木の生長がどう違うとか、葉っぱがどれくらい芽吹くとか、田んぼの様子がどうなるとか、そういうことを感覚的に知っている。そういう人たちだから、機械がない時代でも、コンマイチの違いで蒸し米の時間や温度を変えたり、麹の調整ができたんです。それがカッコよかったんですよね」
今田さんが30代になって蔵元に帰った原点には、こうした何でもゼロから作れるカッコいい職人たちへの憧れがあった。
ひるがえって現在。米は農家が作る。醸造設備は機械メーカーが設置する。麹や酵母は買ってくる。
「もちろん技術も設備も大事ですが、もっと地に根づいた自然の力にフォーカスした酒造りをしたいと思うようになりました」
八反草の栽培は、タンク1本分の酒を仕込める米を収穫するのに6年がかかった。幸い、八反草で造った酒の評判はよく、需要も増えているため、栽培面積を増やしている。そして、これからは減農薬や減肥料にも挑戦するという。
「自分の体や創業以来の蔵も大きな意味で自然の一部。自然の豊穣さを実感しながらモノづくりをしたほうが、思いがけないものに出合えると思う。将来は八反草がもともと育っていたような環境にもどしてやりたいと考えています」
100年以上前に一度途絶えた米を、今ある技術と設備で醸造したらどんなものができるのか。そこに日本酒のまだ見ぬ可能性があると言う。
「酒は言ってみれば微生物が醸しているわけです。機械や技術でコントロールできるようになってきたけれど、まだ知られていない自然界の作用があると思う。それが何かはわからないけれども、そこから新しい酒が生まれる可能性があると思います」
最新の設備や技術を駆使すれば、優れたものができる。それはシミュレーションできるし、予想した通りの味になるはず。自然の力を借りることで、それとは違う方向の味が引き出せる。ゼロイチの可能性が日本酒には残っていると今田さんは考えている。
名産の牡蠣に合う酒をと造られたのが「海風土」(シーフード)。日本酒の麹はふつう黄麹だが、焼酎に用いる白麹を使って仕込んだ。海外にも目を向け、辛い料理に合う酒など、味の多様性にもチャレンジしている。(撮影:前康輔)
今田酒造本店には昨年、ふたりの若い職人が入社してきた。
「彼らが一人前になったとき、活躍できる場所を残しておかないといけない。昔のおやじさんたちの技を、ぜんぶは継承できなくても、その器を残しておく必要があると感じています」
1月の穏やかな安芸津の瀬戸内海。浮かんでいるのは牡蠣棚。海と山に囲まれ、米も野菜も根菜類も柑橘類も収穫でき、魚も牡蠣も獲れる豊かな地域だ。
広島県瀬戸内の藤井酒造の6代目、藤井義大さんと、今田酒造本店の4代目、今田美穗さん。ふたりに共通していたことあがる。日本酒はもっと自由になれること、新しい味が生まれる可能性を信じていることだ。
日本酒業界は成熟している。しかしビール界にクラフトビールという新たな分野が開けたように、日本酒にも新しい軸が生まれるかもしれない。
大地が育んだ米と水を使い、麹がそれを甘くして酵母が醸す。そこに人の手が入らなければ酒にはならない。自然と風土と人の知恵とすべてが結集して初めてできる日本酒。その技と蔵と職人を残していくために何ができるのか。チャレンジングな試みが続いている。
●今田酒造本店 広島県東広島市安芸津町三津3734 https://fukucho.jp
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取材・文/佐藤恵菜