南部鉄器。岩手県のこの伝統工芸は、近年見直されている。いや、「再評価されている」と表現するべきか。
サッカー日本代表の田中碧選手が南部鉄器を愛用していることが、去年話題になった。これを使えばより多くの鉄分を摂取できるということで、プロのアスリートからも注目されているのだ。
日本各地の伝統工芸品の再評価。「モノ」の記事を書いて禄を食む筆者にとって、この現象は見逃すことができない。
アスリートも愛用する南部鉄器
冒頭の田中選手は、「南部鉄器の魅力を広く発信した」として何と達増拓也岩手県知事から感謝状を贈られている。
それは裏返せば、南部鉄器不遇の時代があったということだ。
南部鉄器にとっての脅威はアルミとステンレスだった。
前者は加工が簡単で軽量、後者は錆びに強い。初めて南部鉄器に触れる人がその重さに驚くのは、現代の軽い調理器具にすっかり慣れているためだ。
そう、調理器具とは本来は「鉄の塊」なのだ。
その話で言うと、Makuakeで予約を受け付けている最中の南部鉄器フライパン『麻の(Asano)』(以下『Asano』で統一)は、まさに大きな鉄塊。
175cm96kg、格闘技歴20年超の筆者が持っても、ズッシリと重みを感じるほどだ。
昔、カール・ゴッチというプロレスラーが新日本プロレスの選手たちに「コシティ」という器具を使ったトレーニングを教えていたが、『Asano』も2枚用意すればコシティの代わりになるはず。が、もちろん今回はトレーニング器具のレビュー記事ではない。
これを使って、とりあえず肉を焼いてみよう。
南部鉄器フライパンで肉を焼く
「とりあえず肉を焼こう」というのは、まぁ紛れもなく男の発想だ。
これが女性なら「自家栽培の野菜とハーブを使って単調になりがちな肉料理にちょっとした捻りを」ということになるだろうが、残念ながら筆者の脳ではそこまで複雑なことは考えられない。
塩コショウをつけた肉をただただ焼く。それだけだ。
しかし筆者は、物書きたるものシンプルな料理をどう魅せるかというところに所以があると考えている。
池波正太郎がいい例で、『剣客商売』や『仕掛人・藤枝梅安』ではよく大根鍋が出てきた。
もっとも、「鍋」といっても現代の牛すき鍋のような豪勢なものを想像してはいけない。要は大根を少々の塩と酒で味付けしながら煮たものだが、池波が書くとこのシンプルな料理がとんでもなく美味しく見えてしまうのだ。
そして大根にできることが、肉にできないわけがない!
サイコロ状に切った赤い肉が、徐々に茶色に変わっていく。
同時にキッチンに肉の焼ける香りが広がる。時刻はちょうど午後5時。狙ったわけではないが、そろそろ腹の減る頃にこうして肉を焼いてしまったわけだ。
筆者は急遽白米を用意し、お椀にそれを入れる。肉に対してもパンではなく米を出すあたり、やはり筆者は極東地域の人間である。