■連載/あるあるビジネス処方箋
前回に引き続き、今回は昇格させる側、つまり「人事評価をする側の論理、特に部下の育成や評価」をテーマとしたい。そこでコンサルティング会社・トランストラクチャの取締役で、ベテランの人事コンサルタントである森 大哉氏に取材を試みた際に非常に大切だと思ったやりとりの一部を紹介したい。森氏は30年を超えるキャリアで、数百を超える企業の人事制度や組織改革などに関わってきた。
マネージャーとしての教育や訓練を受けていない人が出世する日本
Q、上司が部下を評価する以前にまず、育成する必要があります。部下の育成は、大変に難しいものと思います。育成ができない上司には、どのようなタイプがいますか?
森:少なくとも2つのタイプがあると思います。1つは、プレイング・マネージャーとして部下の育成・指導をするものの、プレイヤーとしての仕事が一杯となり、部下の育成に手が回らない人たちです。
もう1つは重箱の隅をつつくかのごとく、実に細かいところにまで仕事の指示・命令をするタイプ。たとえば、部下が考えた企画の論理の矛盾を指摘し、返答ができないようにして追い詰めていくのです。「これはダメだ」「あれもダメ」と回答の出口を1つずつ防ぎ、反論ができないようにすることもあります。「それは違う」「これも違う」と出口を防いだうえに、「どうするんだよ!」「誰が責任をとるんだ!?」と追及することがあります。
これでは、部下は答えようがないでしょう。精神的に滅入り、つぶれてしまうのです。「なぜ、自分はダメなのだろう」と自信をなくし、辞めていく場合もあります。
Q、それは、パワハラに見えます。すべての上司が部下を育てることができるわけではないのですね。部下を真剣に育てようとしているか否か、どのように見極めればよいのでしょうか?
森:部下に向けて発する言葉の語尾を聞いていると、本気で育てようとしているかどうかは察しがつきます。たとえば、ある上司は企画書を見て「ここが問題じゃないか? どこがいけないと思う?」と投げかけています。部下に考える余地を残しているのです。
私が講師として関わる人事評価の「360度評価」のセミナーでのことです。部下たちが、上司について評価するシートの自由記述欄にこう書いていました。「1つずつの仕事の背景と目的を伝えてくれます。尊敬しています」。
裏を返すと、こういう上司は少ないのかもしれませんね。つまり、仕事の背景や目的を伝え、双方で共有しようとしない。「これをするように」と命じ、それぞれの部下に業務の分配をするだけの管理職です。
目的がきちんと共有できていると信頼関係が出来上がり、ある程度のことを乗り越えられます。目的や背景は、1、2度伝えるだけでは不十分です。何度でも話し合い、伝えないといけない。ところが、これができない管理職が増えています。
仕事の目的や背景を丁寧に伝えようとしない理由の1つには、自信がないからなのかもしれませんね。課長が部長から仕事の指示を受けたとき、「この目的や背景は何ですか?」と聞いていない場合があります。部長が何も説明しないまま命令をして、課長も確認しないまま、部下たちに指示をしています。ともに管理職として機能していない。
日本企業の大きな問題の1つは、管理職のレベルです。多くの会社では、プレイヤーとしての実績をある程度残した人に対し、ポストで報います。だから、マネージャーとしての教育や訓練を受けていない人が課長になり、部下を持つのです。新任管理職研修をしているケースもありますが、その内容を見ると十分とはいえませんね。
Q、マネージャーとしての教育や訓練を受けていない人を管理職にして、管理職研修をきちんとしていないと、部下を潰してしまう上司が現われるのは当然に思えます。なぜ、社長や役員はそのことがわからないのでしょうか?
森:私がコンサルタントとして接した社長や役員の多くは、管理職をおおむね信じているように思います。少なくとも、管理職を疑いの目で見る社長や役員は少ない。信じるあまりに、管理職に「丸投げ」になってしまいかねない場合もありえます。本来は、健全なる疑いを放棄することなく、「客観的に見ること」が必要なのです。
例えば、本部長の下で、非管理職の部下3人が次々と辞めたとします。そのとき、本部長が「あの3人はひどかった」と言えば、社長や役員はその実態を確認することもなく、ある程度は受け入れてしまうのだと思います。部下を潰してしまう上司でも、社長や役員から見ると、よく見えることがおそらくあるのでしょう。例えば、「彼は、明確な考えをもって指導している」「あの課長は、部下に丁寧に教えている」などと見えるのだと思います。