女性には何の権利も与えられず、ルールは男たちだけで決定される。刃向かう者は〈簒奪者〉と呼ばれ、火炙りの刑に処せられる。思春期の少女には大人の男を誘惑したり、若い男の子の理性を失わせる魔力があり、彼女たちから剥いだ皮には催淫効果や若返りの効果があると信じられている。だから、16歳を迎える少女たちは、遠く離れた湖に浮かぶ島で〈グレイス・イヤー〉と呼ばれる1年を過ごし、魔力を解き放った者だけが町に戻るのを許されるのだ。でも、フェンスで囲まれたキャンプ地の外には〈密猟者〉と呼ばれる男たちがいて、少女たちを殺し皮を剥がさんと狙っているので、全員が生還できるわけではない。
少女に与えられる試練はもうひとつある。結婚適齢期に達した男たちから値踏みされる〈ヴェーリング・デー〉だ。町を練り歩かされ、無遠慮な視線にさらされた後に家畜のように取引される。選ばれた女の子はベールを被せられ、グレイス・イヤーに旅立つ直前、自分を選んだ男の子によってそれをめくられる。女の子には選択権も拒否権もない。選ばれなかった子は、労働者として町に奉仕させられる道しか残っていない。
不自由と災厄の島でサバイブできるのか
キム・リゲットの『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』は、アトウッドの『侍女の物語』を彷彿とさせるポスト・ディストピア小説だ。物語の語り手〈わたし〉は試練の1年を迎え、32人の仲間とともにキャンプ地に送られるティアニー。彼女は自由が奪われる結婚はごめんだと考え、町のありように対しても疑問を抱いている。ところが、グレイス・イヤーから戻ったら野良仕事につきたいと願っている自分の意思を理解してくれているとばかり思っていた幼なじみのマイケルから求婚され、戸惑いと怒りを抱えたままキャンプ地へと出発することになるのだ。
キャンプ地に用意されているのは、ボロボロの掘っ立て小屋、汚くて不衛生なトイレ、変な味がする井戸水、不十分な食糧。ティアニーにはさらに、同世代女子のリーダー・キルステンによるいじめという試練まで課せられる。というのも、キルステンはマイケルからベールがもらえると信じていたからだ。少しでも居心地をよくしようと奮闘するティアニー。そんな彼女を憎み、ついには密猟者たちが潜むフェンスの外へと追いやることになるキルステン。
次から次へとティアニーに襲いかかる災厄。ひとりまたひとりと欠けていく仲間たち。悲劇的な経験を積むことで、心の目をひらいていくことになるティアニーは、過酷な1年間をどうサバイブしていくのか。夢の中で彼女を導こうとする少女は何者なのか。欺瞞と差別しかない町に対する抵抗は果たせるのか。初めて男の支配から逃れ、ある意味では自由と自律が体験できるはずのキャンプ地で、なぜ少女たちは連帯できないのか。などなど、大小様々な謎が回収されていく物語後半の怒濤の展開がすさまじい! たくさんの困難と恐怖をティアニーとともに体験した読者だけが味わえるラストの……や、これ以上は申しますまい。ぜひ、自分の目と心でその境地を味わってみてください。
『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』
著/キム・リゲット 訳/堀江里美 早川書房 2200円
豊﨑由美
この小説を読んで、わたしが一番感銘を受けたのはマイケルだったりします。キャンプ地に移ってからの物語ですっかり影が薄くなる彼が、最後の最後にどんな貌を見せてくれるか。お楽しみに!
【編集部イチオシの3冊】ギリギリ!?を生きる
『YOUR TIME ユア・タイム 4063の科学データで導き出した、あなたの人生を変える最後の時間術』
著/鈴木 祐 河出書房新社 1672円
■ 充実した人生を送るために
仕事、レジャー、勉強などやりたいことは多いのに時間が足りない…そう悩む人はぜひ本書を。科学的なデータをもとに、「未来をやり直す」「退屈を追い求める」など目からウロコの方法で、時間不足の解消法をまとめた。
『ドーパミン中毒』
著/アンナ・レンブケ 訳/恩蔵絢子 新潮社 1210円
■ 楽しいだけでは終われな!?
薬物に限らず、ゲームや恋愛、SNSでもドーパミンは放出される。その脳内快楽物質への依存からいかに脱却するか。本書は神経科学のほか、元中毒者の経験談をもとに実践法を伝授。楽しく生きることは難しい。
『野生の中へ 谷口ジロー狩猟短編傑作集』
著/谷口ジロー 山と渓谷社 1045円
■ 闘うことで生き抜く人々
怪魚にマッコウクジラ、熊にヘラジカといった野生動物と相対し、時に助け合いながら生き抜く人々を描いた故・谷口ジロー氏の短編集。精緻でリアルだからこそ伝わる自然の恐怖や美しさ、そして人間の尊さに感動。
文/編集部