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冬季、コロナ、東日本大震災、逆境の時こそヒットを生み出す星野リゾートの現場力

2023.01.16

■連載/阿部純子のトレンド探検隊

星野代表も懐疑的だった冬季営業を実現した「氷瀑」戦略

十和田八幡平国立公園を代表する景勝地である十和田湖・奥入瀬渓流。青森と秋田の両県にまたがる十和田湖から約14km続く奥入瀬渓流は、新緑や紅葉の名所としても知られ、ミシュラン・グリーンガイドで二つ星に選ばれている。

奥入瀬渓流の畔に建つ唯一のリゾートホテルが「星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル」。紅葉の時季までは観光客でにぎわう奥入瀬渓流だが、冬になると厳しい寒さと積雪量の多さで、観光客は他の季節の3分の1程度まで減ってしまい、宿泊者数も大きく減少するため、同ホテルでも2016年までは12月~4月の期間は冬季休業をしていたが、2017年から冬季営業を開始した。

冬の収益化は難しいとされた中で、雪と氷の世界を堪能できるさまざまな企画を打ち出し、冬季の稼働率は2021年時点で8割となり「冬の時季こそ訪れたい」というリピーターも増えている。

東日本大震災後やコロナ禍の際にも現場のスタッフの声から生まれたコンテンツで集客に成功した奥入瀬渓流ホテルのマーケティング戦略について、総支配人の掛川暢矢氏に話を聞いた。

「冬季休業の間、スタッフは全国にある星野リゾートの施設に一時的に赴任し、家族とも離れ離れになっていたことや、奥入瀬渓流には冬ならでの魅力もあり、冬季営業したいという強い思いもありました。しかし、積雪はあってもスキーリゾートではない奥入瀬渓流では、冬の収益化が非常に難しいことから星野リゾート代表の星野佳路は懐疑的でした。

『冬季営業を行うならば、持続的にできるためのプロセスをしっかり踏んでほしい』という星野の意向を受けて、お客様に何を目的にお越しいただくのかという論点から議論を始め、すでに認知されていた青森の冬の観光資源『樹氷』と、当時あまり知られていなかった奥入瀬渓流の冬の風物詩である『氷瀑』を打ち出すことにしました。

さらに持続的に冬季運営を行うため、“無理しない3年計画”を立案。187室ある客室をすべて販売するのではなく、販売数を絞り3年かけて少しずつ増やしていく方針にしました」(掛川氏)

氷瀑とは、滝や湧き水が凍った状態のことで、奥入瀬渓流沿いには滝や湧き水が豊富にあり、冬になるとそれらが凍りつく。日中は気温が上がり氷は溶けるものの、夜になると再び凍るため、氷瀑ができる最適な環境が整っている。 雪や氷の状態で景観が変わるため、 一期一会の氷の芸術を見ることができる。

氷瀑にスポットを当てたコンテンツと、限られた客室数で運営を始めることを条件に2017年から冬の営業を開始。氷瀑をアピールするアクティビティ「氷瀑ライトアップツアー」は、青く幻想的な夜の奥入瀬渓流の氷瀑が楽しめる。

「氷瀑を集客の柱にするにあたり、夜の氷瀑のライトアップ案が出ましたが、奥入瀬渓流は国立公園特別保護地区のため照明機材の設置ができず、過去に奥入瀬渓流のライトアップに取り組んだ実績のある当時の十和田市観光推進課に相談しました。

協議の上、官民が連携し、特別保護地区でも可能な手段として、投光器を積んだ車から奥入瀬渓流を照らし出すことにしました。氷瀑ライトアップツアーは、奥入瀬渓流ホテルだけではなく十和田市でも運行しており、この観光資源を地域と共同で使っています」(掛川氏)

官民連携のもと誕生した氷瀑ツアーは、累計参加者数が2万4000人を超え、氷瀑の景色を見るためにインバウンド客も訪れるようになり、冬の奥入瀬渓流の風物詩となる大人気ツアーに成長した。

「さらに冬の奥入瀬渓流の魅力を打ち出すため、『冬の奥入瀬氷さんぽ』など氷瀑だけでない冬の魅力も発信し続けています。以前は閑散としていた冬の奥入瀬渓流ですが、当ホテルが冬に営業を始めたことをきっかけに、冬季も宿泊施設やレストランが営業を始めるところが増えて活気づいています」(掛川氏)

コロナ禍で旅の楽しみ方を変えた「渓流オープンバスツアー」

コロナ禍にあった2020年は、星野リゾート内でも自治体の方針に従い休館する施設が発生、同ホテルも稼働はかつてないほど落ち込み、スタッフも一時帰休を余儀なくされ、限られたスタッフで運営を行っていた。

「お客様の旅に対するニーズは徹底的に密や感染リスクを避けられる滞在に大きく変化し、今までにない旅の在り方が求められるようになりました。コロナ禍で変化するニーズにどう応えるのか、Withコロナ時代を生き抜くための課題など、お客様が激減したホテルの中で、限られたスタッフたちは毎日議論を重ねました。

奥入瀬渓流は密を避けながら自然を感じられるため、感染リスクが少ない環境にあります。お客様同士の距離を保ちながら、この環境を楽しんでいただくコンテンツとして生まれたのが『渓流オープンバスツアー』です」(掛川氏)

渓流オープンバスツアーは二階建てのオープントップバスで奥入瀬渓流を走行し、360度広がる大自然を体感できるというもの。今では人気ツアーとして多くの客を集めているが、ここでも実施までに多くの困難が伴った。

「過去に青森県内でニ階建てのオープントップバスを走らせた実績が一度もなかったため、運行に協力を得られる事業者が青森県内にいるのか、車両のメンテナンスを青森で行うことができるのか、樹木が生い茂る奥入瀬渓流での走行が可能か、といった課題が山積していました。東京の日の丸自動車興業と協議を重ね、超大型バスを運行するドライバーについては、地元のバス会社・十和田観光に協力を得て、奥入瀬渓流ホテルが中心になり、三社で連携しながら課題を解決していきました。

実際に走行するまでは企画の成功を強く確信できませんでしたが、検証やテスト走行を何度も重ねるうちにスタッフも手ごたえを感じるようになりました。高さ3mからの圧巻の景色と、全身で感じる風の心地よさは、コロナ前のツアーでは体験できなかったものです。初走行の際は、発車の瞬間にお客様からは大きな歓声が上がりました」(掛川氏)

「渓流オープンバスツアー」は、2020年の運行開始から2022年までで累計参加者数が1万人を越える人気コンテンツとして成長。全身で奥入瀬渓流の絶景を体感できるコンテンツとして、現在、戻りつつあるインバウンド客にも好評を博している。

奥入瀬渓流の隅々まで知るネイチャーガイドのスタッフが提案した「苔さんぽ」

東日本大震災の影響を受け、新たなコンテンツを模索する中で、2013年からスタートしたのが、星野リゾートが展開してきたコンテンツの中でも大ヒットといわれる「苔さんぽ」(2013年に「苔ガールステイ」で開始し2014年に名称を変更)だ。

奥入瀬渓流には約300種類のコケ植物が生息しており、渓流のすぐそばに遊歩道が設置されているため、さまざまな苔をじっくり観察するのに適している。「苔さんぽ」はネイチャーガイドとともに、通常30分程で歩ける奥入瀬渓流の中流域約1kmのコースを、2時間半程かけて苔を観察しながら歩くアクティビティ。苔を観察したり、触ったりするだけではなく、霧吹きとルーペを使いミクロの世界をのぞくことで、苔の魅力を発見できる。

「苔さんぽを提案したのは、奥入瀬渓流を毎日歩き、その魅力を知るネイチャーガイドのスタッフ。『苔に注目して散策する』という提案は、当初スタッフ内でも懐疑的な声がありましたが、地味な印象のある苔が持つ本来の美しさや、奥入瀬渓流と苔が織りなすストーリーを、誰よりも奥入瀬渓流を知るネイチャーガイドが熱心に語り続け、当アクティビティは実現しました。星野リゾートがフラットな組織であり、現場を知るスタッフがお客様のニーズと地域の魅力を熟知していることで実現したコンテンツといえます。

ルーペを覗けば、地味な印象をもつ苔の隠れた繊細さや美しさに気づくことができます。奥入瀬渓流の木々が茂る下には、必ず苔の存在があります。小さな苔が奥入瀬渓流を支えているというストーリーの奥深さがお客様の知的好奇心を刺激し、約300種類の苔が生息する奥入瀬渓流で、このコンテンツは大ヒットとなりました。

苔をきっかけに当ホテルの夏の集客にも繋がり、施設の収益力も必然的に上がりました。当ホテルでは『苔アフタヌーンティー』など、苔を中心にした新たなコンテンツも打ち出しており、苔が奥入瀬渓流の大きな観光資源となっています」(掛川氏)

【AJの読み】星野リゾートのフラットな組織体制と現場主義から生まれたヒットコンテンツ

現場を良く知るスタッフと、現場の声を反映できるフラットな組織体制から生まれた、施設独自のコンセプトが星野リゾートの大きな特長であり、顧客を満足させるコンテンツを各々の施設が展開することで成功を収めてきた。

奥入瀬渓流の氷瀑は冬の青森観光の一大コンテンツになり、奥入瀬渓流ホテルの「氷瀑ライトアップツアー」のほか、昼の氷瀑が楽しめる、十和田奥入瀬観光機構が主催するバスツアー「奥入瀬渓流氷瀑ツアー」も人気を呼んでいる。

豪雪地帯の青森だが、氷瀑の他にも八甲田・十和田ゴールドラインの雪の回廊、スキーやスノーハイク、温泉など冬ならではの楽しみ方があり注目度が上がっており、青森県・日本航空・星野リゾートによる「のれそれ青森旅キャンペーン」も好評を博している。

文/阿部純子

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