“ちょっと一杯”が寝た子を起こす
「アルコール依存症の当事者が集まる、断酒会への参加は有効です。断酒会は日本発祥ですが、自分の経験を語り合うことは、お酒を止めるための力にいなります」
同じ境遇に置かれた人同士が互いに協力し合い、体験談を語り合う断酒会は禁酒に効果がある。もちろん禁酒会のメンバーの中には年輪を刻むように十数年、それ以上、酒を断っている人もいる。心身ともに健康を回復し退院した患者は断酒会に通い、長く断酒する人に続こうと決意するのだが…。
以前よりマシだとはいえ、日本はアルコール天国である。覚せい剤と違い酒はコンビニでもすぐに手に入る。例えば取引先の人との会食の席で酒が出る。「まっ、一杯」そう促されると、取引先を相手に断るのは気が引ける。
長く飲んでないし、ちょっとならいいかと、ビールをグイッと飲み干す。すると、いつの間にか以前の大酒飲みに戻ってしまうのである。そこがこの病気の怖さだ。
「アルコールへの耐性が身体にできているし、“依存脳”も出来上がっている。依存の脳の回路は記憶と同じで、消えてなくなるわけではない。まったく飲まない期間はあまりお酒が気にならなくなっていますが、ちょっとでも飲むことは寝た子を起こすようなものです。それがきっかけで依存の回路が活性化し、飲みたい気持ちが抑えられなくなるのです」
そうなればいつか来た道で、アルコール依存症治療の病棟に逆戻り。木村先生はそんな患者を嫌というほど目にしてきた。
まず適量を知る、そして“減酒”への努力を
「アルコール依存症を克服するには、完全にお酒を断つか道はないのです」
――しかし先生、潜在的なアルコール依存者の疑いありと指摘されましたが、生涯一滴も酒を飲まないのはかなりしんどい…
そんな私の訴えに、木村先生は小さくうなずき、助け舟を出すように語って聞かせる。
「まず、自分の適切な酒量を自覚することが大事です。酒量が増えていると思ったら飲む量を減らす。自分で酒量が減らせないようでしたら、病院に行くことを勧めます。うちの病院にも“減酒外来”がありますし、今はいい薬があるので、苦労することなく酒量を減らすことができます。
“禁酒”は基本ですが、最近では早い段階で酒量を減らす治療も重点が置かれている。断酒は重度のアルコール依存症への治療で、減酒は軽度の幅広い人たちのための治療です」
飲酒で問題を起こすような重度のアルコール依存症に陥ると、回復への道は大変である。そうなる前に自らの飲酒を見つめ直し、改善を試みろというわけだ。
私にはそんな先生のアドバイスが、一筋の光明に映ったのだが。
取材・文/根岸康雄