昨今、企業ではDXやイノベーションなど、革新性が求められている。加えて生産性向上や業務効率化といった業務レベルの要請もあり、部下やチームメンバーを育てる上司やマネージメント層は高度な成果が求められている。
しかし、部下のモチベーションが上がらない、なかなか思うように動いてくれないなど、悩みは尽きない。そんな厳しい時代の上司に向け、イノベーション思考を培うヒントをビジネスコーチのもとに紹介する。
「イノベーション思考」が育たない…!企業が抱える課題
最近では、企業で「イノベーション思考」が求められている。イノベーションとは、既存技術やビジネスの仕組みを革新し、新たな価値を創出すること。それを生み出すための思考を培うことは、簡単なことではないことは想像に容易い。
実際、イノベーション思考を社内で育てるために、企業の多くは課題を抱えている。その具体的な課題とは?
今回はオンライン・コーチング「myPecon」のmyPecon認定コーチであり、実際に企業の社長から経営層、役員、マネージャーなどを対象にコーチングを行う山本雅央氏と山本理央氏に、現場での実体験をもとに話を聞いた。現在、企業ではイノベーション思考の創出に関して次の課題があるという。
●経営陣と社員の意識のミスマッチ
「経営陣の目指す方向性と社員の思考特性のミスマッチが起きています。企業は新たな収益源を模索すべく新規事業へのパラダイムシフトを狙っていますが、既存社員及び応募者のマインドは安定路線を好んでいるような場合があります」
●自由に意見が言えない
「トップのリーダシップが強すぎて、社員が自由に意見が言えない企業も。トップダウンの抑圧型組織になった結果、社員の主体性が奪われており、そのことに経営も社員も気づかずにいるケースが多くあります」
●バーンアウトしてしまう
「経営から高いコミットを求められると、バーンアウトまたはその予備軍を引き起こしてしまい、イノベーション思考を促す余裕がなくなってしまうケースもあります」
●縦割りによる横のコミュニケーション不足
「昨今は、アジャイル型で様々な専門家を持った社員が部署を超えて協力し合い、クライアントへのベストプラクティスを創出する必要がありますが、縦割り組織のため、部署や専門性をまたいで連携するコミュニケーションが行われていない実態も。特にプロフェッショナル職や大企業に起こりがちな事象です」
イノベーション思考にはどんなマインドが必要か
上司やマネージャーの立場としては、現場にイノベーション思考を生み出す声掛けや教育が必要だ。もちろん、自身も身につけたい。しかし、いまいちどんなマインドが必要なのかわからないものだ。山本氏両者は次の項目を挙げる。
●普段の思考ややり方と異なる視点
「従来の自分の思考ややり方の枠組みからだけではイノベーションが生まれづらいため、普段と異なる視点からビジネスを観察し枠を超えようとするマインドは欠かせません」
●直観力
「論理だけでなく直観力を磨くこと。ロジカルなだけではイノベーションが生まれづらかったり、他社でも容易に思いつくような想定内のアイディアにとどまってしまったりすることが多いです。想定外のイノベーションにつなげている方は、直観力のある方が多い印象です」
●柔軟な志向性・チャレンジ精神
「社員には、終身雇用を想定したメンバーシップ型からVUCAの時代に合わせたジョブ型を基本とする柔軟な志向性、失敗を恐れないチャレンジ精神が求められます」
●GRIT(やり続ける力、やり抜く力)
「イノベーションは一朝一夕には起こらないため、イノベーション思考を生み出すためには、日々の積み重ねも必要です。GRIT(やり続ける力、やり抜く力)は、社員のみならず、経営者に特に必要なマインドと考えます。経営者はこのマインドを持続させるためにプロコーチを付けていることが多いです」
●社員が自分自身のビジョンを持つ
「企業のビジョンにコミットするだけでなく、社員が自分自身のビジョンを持つことが大事。ビジョンがないと、与えられた仕事をこなすマインドが強くなってしまうためです。自分のビジョンを持っている人のほうが、現状を変えていこう・イノベーションを生み出していこうという欲求が生まれやすく、また成果も出しています」
イノベーション思考を育てるために企業ができる体制の作り方
組織全体が体制から変えていくことも必要といえる。企業がイノベーション思考を育てるためにできることとは?
●チャレンジ、社内起業などを奨励する施策
「企業側は社員のチャレンジや社内起業、ハッカソンを奨励する施策を用意するものの、実際に社員から提案があった際に経営的・ブランディング的にリスク回避を優先してしまう問題が散見されます。結果、モチベーションを失った社員の離職につながっています。
チャレンジした社員を年末表彰する制度などを設ける企業も増えていますので、力を入れて取り組むのも一つの方法。社内公募制度を実施したり強みを発見するための研修を行ったりすることで、フィット度の高い人材配置を行う企業もあります」
●創造的コミュニケーションの場の創出
「よくあるケースとして、せっかくのアイデアも社内の知識共有にとどまっていることが多いです。社員の個々の経験の語り合い、大事にしている価値観の語り合いなどの創造的コミュニケーションの場を作っていくことが必要ではないでしょうか。互いを知ることができ、理解されているという心理的安全性が育まれることで、イノベーションにつながるアイディアの芽が生まれやすい状況を作ります」
●社員自身の成長やビジョンを重視する研修機会
「経営が求める成果を一方的に提示するだけでなく、社員自身の成長やビジョンを重視するような研修機会、コーチング機会などの場の提供も必要ではないでしょうか」
●ストレッチアサインメント
「業務に対するやらされ感や割り切り感を持つ社員に悩んでいるマネージャーが多い印象です。マネージャーがストレッチアサインメント(※)を行い、小さくてもチャレンジを行う育成を普段から行うことが重要かと思います」
※ストレッチアサインメント:現時点の知識やスキル、技術で目標到達が困難な役職に任命し、社員や部下の成長を促すこと。
成功事例
実際にイノベーション思考を育て、社内でイノベーションを生み出すことに成功した企業もあるという。3つの事例を挙げてもらった。
1.大手メーカーの事例
「ある大手メーカーでは、社員のエンゲージメントとイノベーション思考に正の相関があると仮説を立て、チームの定例ミーティングにプロコーチをアサインすることで、エンゲージメント強化と社員のイノベーション思考促進を行っています。
プロコーチが社員に柔軟な思考を促進する質問を投げかけることで、社員からの提案件数が増えました。実際、マネージャーの提案がベストプラクティス化したことで、チーム全体の営業成績が向上する成果が見られました」
2.サービス業企業の事例
「事業転換を図っているある日系サービス業では、社員が新規事業で大型契約を獲得するためのトレーニングをマネージャーと一般社員の1on1(1対1)で行っています。そこでは短期的な数字的成果を追求するのではなく、一時的に時間やコスト、労力がかかったとしても中長期的に大きな成果につなげることを重視し、育成の戦略転換を行いました。
これまで社員が行ってきた営業のやり方をマネージャーと振り返り、別のアプローチを模索したり、別部署に働きかけを行ったりするように促したことで、大幅に売り上げが上がりました。この戦略を成功させるためのプロセスを当方がコーチとしてサポートしています」
3.大手メーカーのカスタマーサービス部門の事例
「あるメーカーのカスタマーサービス部門では、イノベーション思考を持つことが当たり前となっている組織風土があり、日々社員にイノベーション思考を促しています。クライアント視点の会得が難しい社員に発想の転換を促すため、コーチング的アプローチをマネージャーが行い、アイデアを出し合ったり、権限委譲を行ったりすることで、社員の思考のパラダイムシフトが実現できました。
ただし、思考習慣を改革するプロセスでバーンアウトが起きやすいため、マインド面のコンディショニングもコーチがサポートしています」
上司や企業が部下や社員のイノベーション思考を生み出すには、発言しやすい環境や体制づくりがまず重要になるようだ。さらに社員と個別に向き合い、コーチングを取り入れることは発想の転換のために有効であるようだ。ぜひヒントにしたい。
【取材協力】
山本雅央氏
Gallup認定strengthコーチ
愛知医療学院短期大学 非常勤講師(組織マネジメント)
製造系ベンチャーを経て人材育成企業の人気講師として活躍した後、IT系企業で組織開発を担当。会社に勤務する傍ら、心理学部に編入し認定心理士を取得。”人”への興味関心を軸とし、自己理解・成長をキーワードに、コーチングやEQ、ストレングスファインダー(R)などの知見を活かし、アセスメントを用いた人材育成を得意とする。
https://mypecon.com/coach/f4c8a849-5547-423a-8b58-1167e84c224a/
山本理央氏
アナザーヒストリー認定コーチ
外資系IT・コンサルティング企業の人事等として、個人と組織がパフォーマンスを発揮していくためのサポートに長く携わり、組織のリーダーから新入社員、休職者、退職者まで社員や組織への支援を行う。現在は独立し、アドラー心理学をベースとした思考・感情両輪からアプローチするコーチングを行っている。
https://mypecon.com/coach/e6a9554e-dd54-4402-8076-8b61873a496d/
取材・文/石原亜香利