東大、フランス国立研究所、MENSA(全人口の上位2%の知能指数を持つ人が入会できる国際グループ)などで世界のさまざまな「頭のいい人」を見てきた脳科学者・中野信子氏。そんな中野氏が「物忘れを防ぐ『検索タグ記憶法』」「『誰かのために』が脳に快感と若さをもたらす」「挫折がなくなる『やらないことリスト』の作り方」など、仕事や勉強、人生がうまくいく脳を活用した31の習慣を解説した著書が『世界の「頭のいい人」がやっていることを1冊にまとめてみた』です。
本稿ではこの本から一部を再編集、「世界で通用する、本当に賢い人たち」が実践している少し意識を変えるだけで、誰にでも今日からできるコツをお届けします。
中野信子著/アスコム
『世界の「頭のいい人」がやっていることを1冊にまとめてみた』
タランティーノ監督がオファーを断られた
「主張がはっきりしている」にも通じることですが、「主張」という点で、もう一つ、興味深いエピソードを持った人がいます。ここで、ご紹介したいと思います。
自分が面白いと思ったことを、人にも面白く伝えられる──まさにその能力を極めたような、映画監督のクエンティン・タランティーノさんです。カンヌ国際映画祭・最高賞となるパルムドールや、アカデミー賞の監督賞を受賞しながらも、自身で脚本を書き、俳優として出演もこなします。実に精力的な仕事ぶりですよね。
彼の代表作の一つが『キル・ビル』。この作品のvol.1に挿入されているアニメ部分は、日本のアニメ制作会社であるプロダクションI.Gが担当しています。
プロダクションI.Gは、『攻殻機動隊S.A.C.』シリーズ、『戦国BASARA』シリーズなど質の高いアニメ作品で知られ、世界的にも高い評価を得ています。
この会社に勤める私の友人が、タランティーノ監督のエピソードを話してくれました。
実は、『キル・ビル』のオファーが最初にあったとき、プロダクションI.Gとしてはお断りしたのだそうです。押井守監督の新作映画『イノセンス』と、神山健治監督のテレビシリーズ『攻殻機動隊S.A.C.』という2作品の制作で、現場は手いっぱい。とても人をまわせる状況ではない、というのがその理由でした。
そのとき、タランティーノ監督は、「わかった。では仕方がない……」と言って、あっさり引き下がったそうです。
「何としてでも!」という情熱が人の心を動かす
しかしその直後、アメリカから、大量のFAXが。
これは、タランティーノ監督の嫌がらせ……ではなく、「何としてもいい映画を作り上げたい!」という、彼の情熱によるものでした。「この映画にはプロダクションI.Gのアニメが絶対に必要なんだ。とにかく脚本を読んでくれ!」と迫ってきたのです。
FAXで送られた脚本を読んでいた代表取締役社長の石川光久さんは、はたと膝を打ったそうです。
「プロダクションI.Gでは、リアルに細部を描写することや、ディテールにこだわることが第一だと思って、リアル志向でアクションを描く作品作りを、これまでずっとやってきた。けれども、タランティーノの脚本は、大胆で、アニメでしか実現しないものを求めている。『娯楽映画を作る』ということを、もう一度原点に返ってやってみるのも面白いんじゃないか」
タランティーノ監督の情熱が、プロダクションI.Gの心を動かしたのです。
自分が面白いと思ったらそれを人にどんどん伝えよう
結果的に、『キル・ビル』の興行収入は、vol.1とvol.2を合わせると、全世界で3億ドルを超え、非常に大きな成功を収めた作品となりました。これはまさしく、タランティーノ監督の「自分が面白いと思ったことを、人にも面白く伝えたい」という情熱の賜物なのではないでしょうか。そして、その情熱に、プロダクションI.Gも、誠実な仕事ぶりで応えた。そのことが、関わったすべての人に利益をもたらす、大きな成果を生んだのです。
もちろん、プロダクションI.Gにオファーをしたときの、タランティーノ監督の空気を読まない行動が笑いを誘い、プロダクションI.Gのスタッフを和ませたという絶妙な効果もあったとは思いますが。
タランティーノ監督のようなすごい人の真似はできないと、皆さんは思われるかもしれません。でも、少しずつでもいいから、「自分が心から面白いと思うことを見つけ、それを人にも面白く伝えること」を心がけてみてください。
これに対して、スルーしたりバカにしたりする人も当然いるでしょう。でも、別に損をするほどのことではないと思います。ちょっと変な奴と言われて、軽く笑われるくらいで済むのではないでしょうか?
その一方で、あなたのことを「面白い」と思って、あなたのペースに巻き込まれてくれる人が出てくるはずです。
面白いと思ってもらえたら、その人はあなたの味方。一緒になって面白いことを思う存分やってくれるでしょう。一つでも面白いことが成し遂げられたら、あなたにも、あなたの味方にも、大きなプラスの結果が必ず待っていますよ。
中野信子(なかの・のぶこ)
1975 年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部応用化学科卒業。同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。科学の視点から人間社会で起こりうる現象及び人物を読み解く語り口に定評がある。現在、東日本国際大学特任教授、京都芸術大学客員教授。著書に『脳はなんで気持ちいいことをやめられないの?』『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)、『サイコパス』(文藝春秋)、『空気を読む脳』『ペルソナ脳に潜む闇』(講談社)、『キレる!』『「嫌いっ!」の運用』(小学館)など多数。また、テレビコメンテーターとしても活躍中。