互いにイライラをぶつけ合って疲弊する職場
統計数理研究所の「日本人の国民性調査」によれば、時代とともに「イライラ」している人が増えている。特に、職場・家庭環境の変化を強いられたコロナ禍以降、その傾向が強まっているように思える。
「イライラのしずめ方専門家」で、学校で心理カウンセラーとして生徒の悩みにあたる越橋理恵さんも、そのことを実感しているひとりだ。
「学校での3年間のマスク生活で、相手の表情がわかりにくい日常からストレスが募り、イライラする生徒が増えたような印象があります。親世代も、仕事のシフトが変わったり、業績悪化によって、感情に与える悪影響があるようです。
『お父さん、朝仕事行って夜帰ってくる人だったのに、なんかコロナのせいでずっと家にいるから困る』といった言葉を聞くことがありますね」
こう語る越橋さん。環境の変化からイライラする人が増えたのは、一般企業も同様だろう。パワハラ防止法が施行されたが、互いにイライラをぶつけ合って疲弊する職場は少なくない。今回は、そのあたりの問題を解くヒントを越橋さんにうかがった。
■イライラの感情は「圧倒的に怒りの仲間」
ーーイライラは怒りの一種と聞いたことがあります。実際、イライラという感情は、どうとらえるべきでしょうか?
「『イライラと怒りは別ですか、同じですか』と質問されることがありますが、イライラは圧倒的に怒りの仲間といえます。
ただ、多くの人は『怒りはよくないこと』と考えているので、ちょっとソフトに『イライラする』『カチンとくる』という表現を使います。そのため、イライラは怒りだと自覚されないことが大半なのですね。
『ちょっとイラッとしただけだから、怒ってないよー』といった言い方する人はいっぱいいますね。でも、その時点で怒っています。ここは、『怒っている』と言っていいのにと思います。
それが言えなくて、『飲みに行こうぜ』みたいな話になっちゃうんですよね。」
■イライラは疲れが助長する
ーーイライラ自体を完全になくすことは難しいと思いますが、その感情の発露を減らす方法はあるのでしょうか?
「人間関係にかかわるイライラは、疲れが助長しています。そんな時は無理せずちゃんと休んで、疲労を解消するのが一番なのです。
それから、親しい人との会話で『いや~、今日は疲れているんだよな』とか『今日は誰それさんに、こう言われて悔しかったんだよな』など言えればいいのです。それを避けて、1人でお酒を飲む方向にいってしまうのはよくないですね。
もし『疲れてるな』と自覚したら、そのまま気合で走り続けるのではなく、ちょっと立ち止まってみましょう。少し休んだり、ちょっと気分転換するだけでもだいぶ違うものです。」
■まったく叱らないのは問題
ーー職場でイライラの応酬がかわされやすい場面に、上司が部下を叱るシーンがあります。上司として、このときどの点に留意すればよいのでしょうか?
「今まで長い間リモートワークをしてきて、そのときはお互いそういう摩擦なしでやってこれた人は多いと思います。でも、職場に復帰したら、その辺の距離の取り方がわからず、悩む方は多いでしょうね。
今の若手は、失敗を本当に恐れます。失敗して叱られた時点で、もうどうしようもない気持ちに沈んでしまいまがちです。
ですが、それを恐れて上司がまったく叱らないのは、それはそれで問題です。仕事上の失敗は、うやむやにしない方が、お互いのためだと思います。
よくあるのが、部下に対してイライラしてるけど、それをぐっとこらえて、『気持ちを抑えられたから自分は大丈夫』と我慢すること。これは、いいことだと思ってはいけません。
必要なのは、言い方の工夫。『ここ間違えたよね。ミスしたことは、ここでちゃんと認めましょうね』と言い、次に間違えないために、何ができるかなど話し合う姿勢が大事ですね。今後うまくいくために、何ができるかを探すために叱るのです。」
■焦りや不安をもってフィードバックしても伝わらない
ーー今の若手は、失敗は恐れる反面、成長意欲は強いというデータもあります。そのため、上司からの適確なフィードバックを重要視しているのですね。フィードバックの心構えやコツについて教えてください。
「まず、部下の性格にもよりますが、日ごろすごい取り立てて、うんと上げてあげる必要はないのですね。お互いにマイナスでもなくプラスでもなく、ゼロの気構えでお仕事ができるのがいいのです。
さて、フィードバックを伝える際の心構えですが、このとき上司の感情が動いていることに、気づく必要があります。
例えば、『もっと成長して欲しい』という思いの裏には、上司の側に焦り、困惑、不満がありそうです。『時間に遅れるなよ~』などと注意したくなる時は、不安や心配がありそうです。『自分が新人の頃には……』という過去の武勇伝には、葛藤、不愉快な気持ち、くやしさがあるかもしれません。
これらの気持ちを持ったままですと、フィードバックしようとしても、うまく伝わりません。相手に、『なんか分かんないけど、怒ってる』『イラ立ってるよなぁ』が、届いてしまうからです。
なので重要なのは、自分がイライラしているのかどうかを点検することです。イライラや怒りを感じているとわかったら、素直に自分に認めてあげましょう。
また、ミスや失敗があったら、ヒューマン・エラーなのかどうかを確認します。ヒューマン・エラーを叱責したら、相手にパワハラと受け取られる可能性が高まります。ここの見極めが大事ですね。
フィードバックの内容が『叱る』であった場合、不安がわき上がってくるかもしれません。そのときは、『自分はきっと大丈夫!』と、心の中で自分に声をかける。
手帳やスマホの待ち受けにそのフレーズ書き留めておくなどして、何気なく目に入るようにしておく。そうやって、マイナスなことが浮かんだら、打ち消すクセをつけるようにします。これは大きな効果があります。」
最後に越橋さんは、相手との日々のやりとりの中で、承服できないことがちょっとあっても、“存在”を認めることの重要性を説く。
その都度ほめるのではなく、「今日もいてくれてありがとう」という気持ちを普段から心がけておくと、それだけでも人間関係は変化するという。この点を肝に銘じて、イライラのない職場づくりを心がけてはいかがだろうか。
えつはしりえ(越橋理恵)さん プロフィール
日々感じるイライラや、なぜか特定の場面でわき上がる怒りのしずめ方の専門家であり実践者。教員として特別支援教育に25年間携わってきたのち、2016年から講師として1200人以上のイライラを観察。この経験から、こころのケガを手当てする重要性を実感。2021年10月より、noteにイライラのしずめ方のヒントを投稿開始。多くの人の反響を得ている。
公式ページ: https://etsuhashi.com/
公式note:https://note.com/rietsu/
文/鈴木拓也(フリーライター)
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