『愛がなんだ』『街の上で』の今泉力哉監督✕稲垣吾郎主演というタッグが実現、今泉監督自ら手掛けたオリジナル脚本を映画化した『窓辺にて』が公開される。不倫とか創作とか女子高生小説家とか、スポーツ選手のやっぱり不倫とか。そんなこんなが描かれていて目が離せない、それでいてどう転がっていくのか見当もつかない、気づくとずっしり心に響く映画。その中身とは?
俳優・稲垣吾郎の現在地
俳優としての稲垣吾郎を改めて意識したのは、2019年の映画『半世界』だった。
もちろんそれまでもいくつもの映画やテレビドラマに出演してきた人ではあるが、『半世界』での彼は、それ以前とはまったく異なるタイプの俳優に見えた。その映画で稲垣が演じたのは、田舎で炭焼きをしながら妻と中学生の息子と暮らす中年男。
よく考えたら年相応な役だが、それをあの国民的アイドルとして長い間第一線を突っ走り、ワインとかがお似合いでいつも微笑んでいるような稲垣吾郎が演じる。そこに生まれる小さな違和感が、まずはなんとなく気にかかる。
でも当たり前だが本人は、そんなことはまったくおかまいなし。それでいて、「え?何?僕ゴロー」、みたいな泰然とした佇まいで映画の中に存在していた。無駄なことは一切しない。まるでただそこにいるだけみたいに見えるのに、なんとなく目が追ってしまうスターな耀きはそのまんま。
それを見ながら、さっき抱いた違和感って、隠しきれないスターオーラとかそういうこと?と納得する。それでいて、もはや巨匠の域の阪本順治監督が描く世界にとてもしっくりと馴染むかたちで、つまり田舎に暮らしながら炭を焼く日々を送る男として違和感を抱かせないままで、メジャーな作品らしい華やかさを作品にプラスしていた。これってなかなかいないタイプの俳優ではないだろうか? そんなことを、『半世界』の稲垣は思わせた。
そして『窓辺にて』である。こんどは『愛がなんだ』で邦画好きの心をキャッチして以降、ハイペースで作品を発表する今泉力哉監督とタッグを組むことに。しかも監督自身が手掛けたオリジナル脚本で。果たして、その化学反応は?
いろんな不倫が同時多発。その結末は?
この映画で稲垣が演じるのはフリーライターの市川茂巳。書籍の編集者である妻の紗衣(中村ゆり)と二人、穏やかに暮らしているように見える。でも紗衣は担当している売れっ子小説家の荒川円(佐々木詩音)と不倫中。茂巳にとっての問題はそのこと自体ではなく、妻の不倫に対してなんの感情も湧かないことだった…。
まずは茂巳のキャラクターがいい。感情をやたら表に表すタイプの人間ではないので何を考えているのかいまひとつわからないのだが、発言はいつでもいたって正直。ただ礼儀正しく誠実な人間なので、人当たりはとてもソフトだったりする。相手がどんな立場の人間で年上でも年下でも常にフラットに接して…ってそれ稲垣吾郎本人のことですか? キャラクターの説明をしながら、そんな思いが頭をもたげる。
つまりこの役は、稲垣にものすごくハマっている。映画が始まってすぐに、こんなシーンがある。
茂巳は女子高生小説家の久保留亜が、とある文学賞を受賞した会見に出席。記者と壇上の小説家として言葉を交わす。普通はそんな場で、気持のこもった言葉のやりとりが交わされることはないだろう。しかも留亜は恐いモノ知らずの高校生で、文学賞を受賞するほどの知性があり、人からどう思われてもいいみたいな態度のクールな女の子。上辺だけをなぞるような記者の質問をばっさりと、あっさり処理するように答えていく。
そこで、茂巳が質問する。例のフラットでいて礼儀正しい態度で、キチンとその小説を読んだから言える正直な感想を述べ、心から疑問に思ったことを問い、そこまで言っちゃうと失礼では?という感想までもさらりと付け足す。
記者席の茂巳と壇上の留亜の会話は、まるでその場に二人しかいないみたいにナチュラルに弾む。だからそのあと茂巳が留亜の控室にこっそり呼ばれて出会いを果たすという普通ならあり得ない成り行きが、ごく説得力を持ったエピソードになる。
そんな役を稲垣吾郎は今回も余計なことは一切なしで、特別なことはなにもしてません! みたいな態度で演じている。でもよ~く見ると、注意深く繊細に演じているのがわかる。相手の芝居を、ものすごい集中力で受け止めて反応している。
映画の後半、「私ってパチンコが好きじゃないですか」とかいう、知らね~よ!みたいな話題のおしゃべりを、さも親し気に始めるタクシー運転手の会話を茂巳が延々と聞くシーンがある。そのときの、稲垣の顔。それを長回しのどアップで映し出す今泉監督の演出もかなりキているが、え、なにか? みたいな感じで、堂々とそこに茂巳としている稲垣の在りように目が釘付けになった。
そのころになると、もうこの役は、稲垣吾郎以外の誰に演じられるというのか? みたいな気になっていた。また映画のごく終わり近くにある、中村ゆり演じる妻と二人きりの長~い対話シーンでの場にみなぎる緊張感。
今、稲垣吾郎の俳優としての力は想像以上。そしてとても面白い個性を持っている。
そしてこの映画には、不倫するカップルが同時多発的に登場する。その一端を担うのが、同じ今泉監督の『街の上で』で主演を務めた若葉竜也。こんどの彼はゴムで前髪を上げたスタイルもお似合いなスポーツ選手の役で、カワイイ女の子となかなかアンニュイな不倫をしている。スポーツ選手らしい素直さと、だからこそ引いて見たときに立ち上がるどうしようもないクズな野郎感と。今回も絶妙なバランスで、人によってはツボにハマって爆笑させられること必至な演技を見せる。
今泉監督自ら手掛けたオリジナル脚本は、今回もいい感じに会話の妙で楽しませ、先の読めない展開へずぶずぶと観る者を引きずり込む。それでいて創作そのものについて、夫婦として生きることの孤独にまで思索は及ぶ。でも茂巳と留亜という年齢差のある二人の、微妙に世代間ギャップをはらんだときに文学的な対話が笑いを生んだりして、いい感じに軽やかな仕上がりになっている。
ところで。そんな留亜の手掛けた小説は「ラ・フランス」。よくないですか、このタイトル? 留亜なんてキラキラネームを持つ女子高生作家が書いた小説というオシャレ感がピタリとハマっている。さらに茂巳の妻の不倫相手で売れっ子小説家は〝荒川円”で、彼の作品名は「シーサイド」と「永遠に手をかける」。くくく。今泉監督のネーミングセンスに唸った。
『窓辺にて』
(配給:東京テアトル)
●監督・脚本:今泉力哉 ●出演:稲垣吾郎、中村ゆり、玉城ティナ、若葉竜也、志田未来、倉 悠貴、穂志もえか、佐々木詩音、斎藤陽一郎、松金よね子 ●2022年11月4日(金)から全国ロードショー
©2022「窓辺にて」製作委員会
文・浅見祥子