今年10月1日から「産後パパ育休」制度がスタートした。男性社員が育児休業とは別に、子の出生後8週間以内に4週間まで取得可能な制度だ。今後、子どもが生まれた後すぐに育休に入る男性社員は増えると思われる。しかし、子育てが初めての場合は特に、心得や役割、やるべき具体的なことについては、わからないことも多いはず。そこで、これから育休取得を検討している人などを対象に研修を行っている企業の実施内容を紹介する。
また、子育て家庭で1日「育業体験」ができる制度を導入した企業もある。その体験談も興味深い。ぜひヒントにしてみよう。
江崎グリコ ユニ・チャームと企業向け両親学級 「みんなの育休研修」の無償提供
粉ミルクなどを製造する江崎グリコと、紙おむつなどを製造するユニ・チャームがタッグを組み、企業向けに両親学級「みんなの育休研修」の無償提供を始めた。
研修の対象は企業などの法人及び自治体の産休・育休取得予定者で男女は問わない。申し込みは企業等の法人や自治体単位となる。
●背景
江崎グリコ コーポレートコミュニケーション部 木下 直也氏は「みんなの育休研修」実施の背景を次のように語る。
「日本は、育児先進国と比較して、夫の家事・育児時間が少ないと言われています(※1)。産後パパ育休などを新たに設ける改正育児・介護休業法が成立、順次施行されていますが、男性の育児休業取得が、必ずしも男性の育児参画につながるわけではないことが内閣府の調査から分かっています(※2)。これらを背景にみんなの育休研修の提供を始めました。男性育児が子どもや家族に与える影響や、乳児期の育児で大きな負担となる“授乳”“睡眠”“排泄”の方法などについて、当社の栄養士・子育てアドバイザーなどの話を交えながらご紹介しています」
※1 内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 平成 30 年版」
※2 内閣府経済社会総合研究所「男性の育児休業の取得と家事・育児参加」(2017)
●研修内容
研修は、どんな内容なのだろうか?
「研修コンテンツは、もともと当社が社内用に展開していた社内取り組みや、自治体向けに展開していたセミナー、プログラムをベースに、『男性学』の第一人者である大妻女子大学 人間関係学部 准教授 田中俊之先生に監修いただき、ユニ・チャーム様からもご意見を聞きながら、当社にてコンテンツの開発を行いました」
開催先の企業のニーズに合わせ、2段階のセミナーを用意しているという。
その研修コンテンツのうち、興味深いものをみていこう。
◆研修プログラム1「男性育休って、なぜ必要?」
このプログラムでは、育休取得を検討する従業員に向けて、男性育休の必要性や体験談などを発信する。男性育休の義務化を受け、制度の概要や育休の必要性、育休取得の男性社員の声、「パパだからできること」を一通り映像で解説。そしてグリコ 子育てアドバイザーより育児お役立ちアイテムについての講義がある。このうち、「パパだからできること」の内容を木下氏に聞いた。
・「パパだからできること」
「夜中の授乳(ママの連続した睡眠時間確保)、ママを心身ともに支えることはパパだからできることの一つです。また子どもとのふれあいの時間を増やすことで、子どもの養育者への愛着形成が進みます。父親が育児参加したほうが子どものIQが上がる、EQ(社会性)が上がる、言語が早く話せるようになる等、具体的な研究事例がありますので、それらのご紹介を通してパパの育児参加のモチベーションを高めるコンテンツになっています」
◆研修プログラム2「育休中、育児ってどうしたらいいの?」
もう一つのプログラムでは、育休取得前の従業員に向けて、育休中は具体的にどのようにサポートしたらよいのかのノウハウ発信をするもの。主にグリコ 子育てアドバイザーからの講義形式で行われる。「まずは親になるという心がまえ」「何から始める?」「子育て実践(ミルク・おむつ)」などがある。
・「まずは親になるという心がまえ」
「子育ては、最初は誰もが未経験なものです。不安や悩みがあって当然なので、まずは周りの話を聞いたり、相談してみたりすることから始めてみてください。事前に育児に関する正しい知識を知ることで、子育てに気負い過ぎてしまうのではなく、スムーズな育児ケアと、ママパパのこころのケアを実現したいと考えています。我々もしっかりサポートしてまいりますので、お気軽にご参加ください。子育てを通じて、生産性の向上やレジリエンスの増進、気づく力・考える力の醸成が身に付きます。仕事でのメリットはもちろんのこと、キャリアプラン・ライフプランを考える機会や、子どもの成長にも大きな影響を与えるなど、自身と周りの両方に良い影響を与えることができます」
・「何から始める?―家事育児分担」
「家事育児分担について、まずはしっかりとパートナーと妊娠中から話し合うことが大事です。夫婦コミュニケーションのポイントとしては、1.『減らす』ことも意識する 2.柔軟に調整する 3.割り込まない、否定しない、の3つです」
・「何から始める?―負担の大きい育児ケア」
「育児はどれも大切で負担もありますが、特に出産直後の母体は、『全治2カ月のケガのダメージ』を負っている状態です。そんな中、頻度の高い授乳、1日10回程度のおむつ替え、家事も育児もとなると、心身ともに負担が大きくかかってしまいます。妊娠・出産は女性にしかできないことですが、出産前後のママのケア、授乳やおむつ替えはパパにもできることです。家族が一体となって、子育てに取り組んでいただきたいです」
●専門家の見解
田中准教授は、男性育児や育休について次のように解説している。
「父親によるケアは出産前から始まります。妊婦は身体的にも精神的にも不安定な状態です。運動不足にならないように一緒に散歩をしたり、妊婦健診に付き添って母子の状況を把握したりと、できることはたくさんあります。こうした行動は、父親がお腹の中の赤ちゃんに愛着を感じるためにも大切です。
出産後は授乳や寝かしつけなど、できる育児を増やすことが求められます。その分だけ母親は体を休めることができますし、何より、誕生からの1年は、愛情に基づいた親子関係の形成に重要な期間だとされています。
ですから、本来、『父親になる』のであれば、男性も育休を取るのが当たり前であるべきだと言えます。育休を取得した男性とそのパートナーの満足度はともに約6割と高い数字が出ています。夫として、そして、父親としてケアを担うことが、家族の幸せにつながることがよく分かるデータです。
育休の取得は単に個々の家族にとって貴重な時間になるだけではありません。日本では社会人というと企業で働く会社員とほぼ同義ですが、育休を通じてケアの重要性に気づいた男性は、家庭や地域といった他の社会領域の価値を理解できるようになるはずです。広い視野を持った『社会人』は、多様な人が一緒に働く職場においても貴重な人材となります」
初めての育児や育休に不安が大きい人にとって、しっかりと知識を備えておくことは重要であるようだ。こうした研修の機会があれば、率先して参加すると良いのではないだろうか。
ランクアップ「育児憲章」「社員の育業体験」を導入
オリジナルブランド「マナラ化粧品(MANARA)」の開発・販売などを行う株式会社ランクアップは、2022年9月に働きながら育児を行う社員に対し、育児憲章「7つの子育てランクアップ!術」を制定した。また、2022年8月には10月からの育児・介護休業法の改正を前に、希望した社員が育児を体験できる制度」も導入した。
1.育児憲章「7つの子育てランクアップ!術」
育児憲章「7つの子育てランクアップ!術」には、同社の子育てサポート制度の利用方法について掲げられている。例えば1項目目は「子どもの病院通いで困ったら1時間休も気楽に使おう」であり、「時間休制度」について取り上げられている。この憲章を作成背景とは? 同社の広報部 小林みか氏は次のように述べる。
「育児憲章『7つの子育てランクアップ!術』は、当社のママ社員をサポートするためにできた数多くの制度を、可視化し分かりやすく伝えるために作りました。働きながら子育てをする社員が遠慮や萎縮することなく堂々と社内制度を活用して快適に仕事を続けてもらうため、社名“ランクアップ”をもじり、7項目を掲げています。
これから育休に入るママ社員や、新しく入社されるママ社員の方にこの憲章を使用しながら制度を分かりやすく伝えていきたいと考えています。また、このような取り組みや制度が他の会社様でも導入され、誰もが働きやすい社会の実現を後押しできれば本望です」
2.育業体験
育業体験は、育休復職後、間もない社員の自宅を訪問し、子育てを疑似体験するものだ。
育業体験の実施背景について、小林氏は次のように述べる。
「育業体験は男女関係なく、体験者も、体験を受け入れるママも希望制で、育業体験中も給与が出る制度です。
当社は、従業員約100名のうち8割が女性社員で、約40名がママ社員です。そのため、子育ての会話は社内で日常的にあり、若手社員たちも自然と子育ての大変さは耳にしていました。
そのような中、たまたまコロナの急拡大によって保育園が閉鎖になった様子を、当社のママ社員がテレビ取材されたのです。その際、自宅で1秒たりとも自分の時間が取れずに子どもをあやしながら家事を進める、壮絶な育児風景を見た当社の若手男性社員は衝撃を受け、『想像していた以上に、息をつく暇が無い帰宅後の家事の大変さを目の当たりにし、とても驚いた。この事実はもっと世の中の人々が知るべきだ』とつぶやいているのを人事広報部が耳にし、『男性も子育て体験をしてみたいのではないか? 体験することで将来の選択肢が多くある現代社会で大切な学びにつながるのではないか?』と考えました。また育児体験ができる環境を整えられるのも、ママ社員が多い当社だからこそと思い、実験的に制度化をしました」
この育児を体験をした男性社員は、どのようなメリットが得られるのだろうか。
「まさに、制度化を決めた背景にもあるように、若手社員は育児の大変さをなんとなく理解しているつもりでも、想像するのと実際にその状況を自分の目で見るのは大違いで、さらに『見るだけ』と『自分が体験する』のとでは、また大違いだと考えています。そのため、実際に体験した社員には、もし自分に新しい家族ができた場合パートナーをどのようにサポートしていくか、どのような助けが求められるのか、育児はどちらかではなく夫婦2人で助けあってこなしていくものなど、何かしら少しでも気づきがあれば嬉しいです」
●初めて育児を体験した男性社員の感想
今年4月に制度化して以来、男性社員はすでに3人が体験済みという。そのうちの1名は、次のように感想を述べたそうだ。
[人事部 森田氏 26歳]『私自身、先輩ママ社員と一緒に仕事をする中で、育児の大変さを漠然と感じておりましたが、一日の流れを実際に経験するとなると、想像と比にならず驚きました。1日ではありましたが、経験して初めて分かる大変さが多く同僚ママ社員の日々の流れが分かったことにより、育児へのサポートも大事ですが、仕事仲間としても支え合う大切さも学びました。もし自分にパートナーができた場合も、ご飯の支度、習い事の送り迎え、洗濯、お風呂、歯磨き、子供同士の喧嘩など、様々な育児・家事・仕事を男性女性関わらず、家族として支えあいながらこなしていかねばならないと感じました。』
壮絶な育児風景を見て衝撃を受けた若手男性社員や、育児体験者の感想や意見は決して他人ごとではないだろう。多くの男性社員がリアルな「子育て」を知る機会は、育休前に必要なのかもしれない。
産後パパ育休制度が始まったのに加え、社内で育休取得が推進されているという男性社員も多いのでは? そんな中、実際に育休に入る前には不安が大きいものだ。そんなときに今回紹介した研修や育児を体験できる制度は参考になる。
取材・文/石原亜香利