■連載/ヒット商品開発秘話
ワークマンは2022年にキャンプギア市場に本格参入。2月に実施した春夏新製品発表会で商品を発表した。
発表されたキャンプギアはテント、タープ、シュラフ、ローチェアなど。中でも大きな注目を集めたのが、4900円と低価格な『BASICドームテント1人用』である。
『BASICドームテント1人用』はクロスポールタイプの吊り下げ式。キャノピーポールを使えば前室の設営も可能で、荷物やテーブルを置いたりするほか、日差しを遮ったり雨をよけたりすることができる。初心者をターゲットに年間販売数5万点を目標に販売を開始したが、すでに4万点以上が販売されている。
声のする方に、進化する
ワークマンがキャンプギアに参入した背景には、販売していた作業用品や作業用衣料品がアウトドアシーンで使えるといった発信がSNSなどで多く見られるようになってきたことがあった。商品に採用しているはっ水機能や難燃機能が「使える」と評価。これを受け同社は、作業用品や作業衣料品の機能を流用してアウトドアギアの展開を始めた。
アウトドアギアの販売が始まってから1、2年後、次のようなことを言われるようになった。製品開発部第3部 マネジャーの鐡本孝樹氏はこのように振り返る。
「『ワークマンで寝袋つくらないの?』『ワークマンでテントつくらないの? ぜひ欲しいな』と具体的な要望が挙がるようになりました。一番多かった要望はテントでした」
ワークマンでは「声のする方に、進化する」という方針を掲げているが、キャンプギアへの参入はまさに、会社方針に則ったもの。要望が多かったことを受け、ワークマンの商品に共通する「この品質でこの価格」なテントをつくることにした。
アンバサダーの声から採用した意外なデザイン
『BASICドームテント1人用』の企画が立てられたのは2021年2月頃のこと。ワークマンの商品開発ではよくある、公式アンバサダー(ワークマンが認定した、ワークマン製品が好きで継続してワークマン製品に関して発信してくれる人、専門分野に精通し製品開発に助言してくれる人、ワークマンを応援してくれる人たちのこと)の協力を得てつくることにした。
協力したアンバサダーは3名。人によってキャンプ用品で使いたいカラーなどが異なるので、できるだけ多くの意見を聞くことにした。
「テントはどこのメーカーも、カラーバリエーションがほぼ1色です。カラーバリエーションを増やすと、すでにテントを持っている人でも安いなら違う色のものを買ってもいいかなという動機付けになるかもしれない、と考えました」
6色を用意した理由をこう明かす鐵本氏。企画段階で6色展開することを決めていたわけではなく、アンバサダーの要望を踏まえて決めていった。
迷彩。グリーン、ネイビーとともにキャンプ系YouTuberのFUKUさんが開発に協力した
camel
キャメル
コヨーテ×ブラウン。キャメルとともにキャンプブロガーのサリーさんが開発に協力した
レッド。『旅するようにキャンプする』ゆゥるキャン旅キャンパーのゆうみょんさんが開発に協力した
グリーンやキャメルなどが採用されたが、中にはキャノピー(テント出入口のひさし部)に赤/白のストライプ模様を採用したレッドなど、鐵本氏が予想しなかったものも実現した。「ああいうデザインは私では思いつかないです」と鐵本氏は振り返る。
キャノピーポールで前室をつくったレッド。赤/白のストライプ模様になっているキャノピーが目立つ
アンバサダーから求められた基本機能の充実
『BASICドームテント1人用』は企画時、特別な機能を持たせることにしていた。ところが、アンバサダーに商品企画を提案したところ、その機能について「いらない」と反応。代わりに、フライシート(インナーテントを雨や湿気から守ったりする防水処理された布地)やフロアシートの耐水圧性能を高めたり、ベンチレーションの数を増やしたりといった基本機能の充実を求められた。フロアシートは安いテントにありがちなポリエチレンではなく、ポリエステルオックス生地を使ったほどだ。
アンバサダーが特別な機能を求めなかったのは、その機能を採用するとどこかのスペックが下がってしまうため。機能と価格のバランスを考えたとき、特別な機能を持ったものよりも基本機能が充実しているものの方が欲しいというのがアンバサダーの見解だった。
4900円という低価格を実現できた大きな理由には、「閑散期オーダー」と「機能の流用」の2つがある。
「閑散期オーダー」はキャンプギアの生産が落ち着く4〜6月にかけて1年分を生産。大量生産によるコスト低減効果に加え、工場の稼働を平準化でき生産計画が立てやすくなることから、従業員に支払う残業代を削減できたりすることができ、さらなるコスト低減が期待できた。
「機能の流用」は、すでにワークマンの商品に生かされている機能をそのまま、もしくは一部を流用すること。例えば、フライシートにはレインウェアに使われている技術を活用している。縫製など部分的な流用でもコストダウンを図ることが可能だという。
安心して買ってもらえるようSGマークを取得
また、安全性の基準を満たしていることを認証するSGマークを取得した。キャンプギアでのSGマーク取得は珍しいという。
取得の理由は、キャンプギアに参入したのが後発中の後発であったためだ。鐵本は次のように話す。
「テントなんかつくったことがないワークマンが発売する4900円のテントは、お客様からしたら『大丈夫なの?』と普通は思います。安心して買うことができるものだと判断できる材料を示すために、SGマークを取得することにしました」
だが、SGマーク取得に向けた対応が、開発を難しくした。例えばフライシートの検査では生地を引っ張ったときに破れないか、引き裂こうとしたときにすぐ引き裂けないか、といったことを検査するが、検査に合格するためには通常のテントの生地より強度を上げる必要があった。しかし、強度を上げると生地が重くなったり厚くなったりする。重くなると購入に至らないこともあるので、安全基準を満たしつつも生地を軽くすることが求められた。
「検査は1回で合格していますが、検査に挑む状態になるまでに試行錯誤を重ねています」と振り返る鐵本氏。レインウェアや防水バッグに使われている技術やノウハウを用い、コーティングの厚さやなどを見直して解決したという。
オンラインストアで注文、店舗で受け取り
ショッピングモール内のワークマンプラスと全国の#ワークマン女子では店頭で購入できるが、販売は原則的に、ワークマン公式オンラインストアで注文を受け付け、購入者が希望する店舗で受け取ってもらう形にした。店舗に在庫を置いておける余裕がないためである。
現時点での売れ行きは想定通りとのこと。店頭で訴求ができないので販促面で何らかの工夫をしたと思われるが、SNSで発信している以外とくに目立ったことはしていない。10数名のアンバサダーのほか、一部のユーザーも自発的にレビューを投稿。投稿がバズるなどして、ワークマン公式オンラインストアへのアクセスを伸ばしている。
カラーによる売れ行きの違いはほぼなく、満遍なく均等に売れている。購入者は初心者とそれ以外がほぼ半々の割合。初心者以外は主に、セカンドテントなどとして購入している。
取材からわかった『BASICドームテント1人用』のヒット要因3
1.低価格
4900円という価格はターゲットとした初心者が買いやすい。加えて、経験者から見てもセカンドテントとして手が出しやすかった。
2.価格以上の高品質
低価格でありながら価格以上の品質を実感できるものを開発。ワークマンの商品に共通する「この品質でこの価格」を実現した。
3.SGマークの取得
安全に使えるお墨付き(=SGマーク)を取得。市場への参入が後発中の後発であることや店頭で現物を見ることが基本的にできないことから、消費者からすると安心して買うとができた。
なお、鐵本氏が写真で背負っているリュックは『BASICドームテント1人用』の迷彩柄を使った『ジョイントバックパック エキスパートエディション』。デザインを流用した形だが、安くつくることができる理由に挙げた「機能の流用」に通じるところがある。使えるものは徹底的に活用するところに、ワークマンのものづくりの強みが見て取れる。
製品情報
https://workman.jp/shop/g/g2300066004058/
文/大沢裕司
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