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AIロボットのまなざしが記録していたものとは?静かで美しいアート作品のような映画「アフター・ヤン」の見どころ

2022.10.23

2017年に映画『コロンバス』で注目された韓国系アメリカ人、コゴナダ監督による最新作『アフター・ヤン』が公開される。オリジナル・テーマ曲を手掛けるのはわれらが坂本龍一。美しくて切ない、アート作品のような、感じる映画だ。

現代と地続きの、ぬくもりのある近未来像

茶葉専門店を営むジェイク、妻のカイラ、小さな娘のミカ、そしてベビーシッターのように家族の一員だったAIロボットのヤン。穏やかに暮らしていたある日、ヤンが故障して動かなくなる。ヤンを兄のように慕うミカのため、ジェイクは修理に奔走する――。

おおまかなストーリーを記すと、ストレートなSFに思える。でもこの映画の手触り、その映像が紡ぎ出す世界に触れた感触をどういえばいいだろう? サイバーパンクでは決してなく、現代と地続きに思えるぬくもりのある近未来像。ときにアートの領域に足を踏み入れる映像表現、そんな映像にそっと寄り添うように流れ始め、気づけばいつの間にか鳴り止んでいる音楽。いくつかのセリフが洗練された詩句のように響き、映画を観終わったあとも、印象的に流れるある曲の一節がいつまでも心のなかで鳴り続ける。それでいて静かで心地よく、美しい夢を見たような切なさで満たされる。そんな映画。

監督は2017年に『コロンバス』で長編デビューしたコゴナダ。19世紀末から20世紀前半にかけて生れたモダニズム建築の宝庫である米国コロンバスを舞台に、建築学者を父に持つジンと、母親の世話をしながら図書館で働くケイシーが出会う人間ドラマだった。ケイシーには建築物について学びたいという夢があり、病に倒れた父親を見舞うために韓国からやってきたジンと、コロンバスの建築物を訪れながら会話を重ねていく。

この映画もまた、とても静かだった。その静かな流れのなかで哲学的だったり自身が抱えてきたやっかいな問題についてだったり、年齢の離れた二人の関係が言葉をやりとりする時間を重ねてゆっくりと深まる。 韓国生まれで、どこか仙人みたいな見た目のコゴナダ監督は自身の出自からくる感覚的なもの、そしてモダニズム建築や小津安二郎監督の映画と好きなものへの愛情を注意深くフィルムに焼きつけていく。

そのやり方は『アフター・ヤン』でも同じ。そしてその静けさ、描こうとするものの美しさは明らかに純度を増している。

観るより、感じる映画

映画の冒頭、コリン・ファレル演じるジェイクと褐色の肌をした妻のカイラ、中国系の養女ミカが並んで緑のなかに立ち、カメラのシャッターが切られるのを待っている場面で始まる。画面越しに「早く、ヤン!」「早くっ、グァグァ(お兄ちゃん)」と急かされるのは、古いカメラが趣味というAIロボットのヤン。ヤンはカメラのファインダーから目を離し、自分に声をかける3人の姿を改めて見つめる。そしてある驚きがチラとよぎったような、何かに小さく感動したような表情を一瞬浮かべる。

そんな家族の肖像から、まずは単純に”多様性”というキーワードが観る者の頭の中で点滅する。これは多様性に関する物語なのかも? と思いながら、それよりヤンの表情がなんとなく気になる。

そのあとにやってくるのが、オンラインでの「家族ダンスバトル」! 4人はカメラに向かってまずは直立不動。SFっぽい? テクノっぽい? 音楽に合わせて、へんてこダンスを踊る。そのインパクトよ! いったいどんな物語が始まる? 観る者は、ぐぐっと映画に引き込まれていく。

映画にはコゴナダ監督の美意識が貫かれている。主な舞台となるのは、一家が暮らすミッドセンチュリーのカリフォルニア・モダン建築。大きなガラスの壁を多用したオープンフロアで室内は明るく、風通しがよく、中庭を有していてどこにいても緑を感じられる。インテリアファブリックも人びとが身にまとう衣裳も、なんとなく肌触りがよさそうでどこかアジアンなテイスト。目に映るものは、どれもが心地いい。そして映画にはゆったりとした時間が流れ、時にその美しさにハッとする表現が差し込まれる。

耳にも心地いい。ヤンの修理をしようと奔走するジェイクが、電話越しに話すときの妻カイラの優しいぬくもりに満ちた声。もちろん目を見開いて映画に集中しているはずなのに、夢のなかで静かに響いているように思えてくる。そして坂本龍一が手掛ける音楽は、映画全体を支配するようで決して前面にでしゃばらないという離れ業を飄々とやってのけている。挿入歌として『リリィ・シュシュのすべて』で流れた「グライド」が新たに編曲されて使われ、映画全体のトーンを決定づける。儚く美しく、破壊される直前の危うさのような気だるさ。

そうして映画では、確かに多様性についても考察される。男女とか人種とか肌の色だけではなく、人間、クローン、AIロボットにまでその問題が広がった未来で。それでヤンはカクカクと直線的に整えられた髪型がロボットらしさを感じさせるものの、パッと見にはわからないくらい生身の人間に近い。だから彼の不在は家族とは何かについて語り、喪失のドラマに達していく。すべてがとても抒情的で、そこに説教臭さは微塵もない。

ヤンには特殊なパーツ、一日に数秒間の動画を撮影して記録できるメモリバンクが組み込まれていた。ジェイクはその膨大な動画ファイルを再生する。映画の冒頭、家族写真を撮ろうとしたあのときもまた、ヤンは目に映るものを記録していたのだとわかる。確かにわれわれも日常で、「この瞬間をいつまでも覚えていたい」と思うことには身に覚えがある。もしそんなとき、心の中で録画のスタートボタンが押されたら? その動画の連なりは、撮った側の人間のどんな感情を写し取るのだろう。

パブで飲むビールがお似合いなマッチョな俳優、なんて勝手に思っていたコリン・ファレルのナイーブな演技、『コロンバス』に続いて起用されたヘイリー・ルー・リチャードソンの年齢を超えた肝の据わった佇まい。俳優たちも、コゴナダ監督の描くとても個人的に思える世界観のなかで確信を持って存在するよう。だからこそ観客は安心して、自身の感覚に身を委ねることができる。観るより、感じる。「多様性って」「アイデンティティとは」と考えるなんてことはさておき、映画がもたらす感覚に心を揺り動かされる。気づいたときには、なかなか達することのできない自身の深い部分に触れたよう。自分でもよくわからない感情と対峙し、なにやら信じられないくらいに美しいものに触れたようでフッと涙が流れ、切ない気持ちでいっぱいになる。

そんな映画、なかなかないだろう。

(作品データ)
『アフター・ヤン』
(配給:キノフィルムズ)
●監督・脚本・編集:コゴナダ
●原作:アレクサンダー・ワインスタイン「Saying Goodbye to Yang」(短編小説集「Children of the New World」所収)
●出演:コリン・ファレル、ジョディ・ターナー=スミス、ジャスティン・H・ミン、マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ、ヘイリー・ルー・リチャードソン
●10月21日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開

©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

文/浅見祥子


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