■連載/Londonトレンド通信
原作はチャールズ・グレーバーのノンフィクション『The Good Nurse』
イギリスでは現在、7人の新生児を殺害したとされる看護士ルーシー・レトビーの裁判が行われている。医療従事者がその気になれば、人を殺すのは簡単だ。イギリスには、少なくとも200人以上を殺害したとされる(事件の全容は不明のまま)医師ハロルド・シップマンもいた。
トビアス・リンホルム監督『グッド・ナース』も、そんな殺人者の実話をもとにしている。殺害したのは400人に及ぶとも言われる(事件の全容は不明のまま)アメリカの看護士チャールズ・カレンについてのノンフィクション小説、チャールズ・グレーバー著『The Good Nurse』が原作だ。10月26日Netflix配信の前に、21日から一部劇場での公開が決定した。
映画は看護士エイミー・ローレンから始まる。こちらも実在の看護士でカレンの同僚だった。演じるのはジェシカ・チャステイン、2人の子どもがいるシングルマザーで、心臓に病を抱えている。
エイミーの体調が悪いことに気づき、いたわるのが、新しくその病院に入ったカレンだ。病院では愛称チャーリーで親しまれるカレンを演じるのはエディ・レッドメイン、エイミーの助けとなる同僚かつ親身な友人ともなる。
ともにアカデミー賞受賞俳優のチャステイン、レッドメインが上手い。クリスティ・ウィルソン=ケアンズの脚本も、出だしから状況を流れるようにわからせる。
一番親しいエイミーが、チャーリーのしていることにはっきりと気づく人物になる。警察の捜査に協力することでエイミーは危険にさらされる。
映画化に合わせたエイミー本人へのBBCラジオ4『Woman’s Hour』インタビューによると、このあたりの刑事ドラマみたいなスリリングな展開も実話というから驚く。
16年の看護士生活で殺し続けた動機とは
最後近く、手錠をかけられたチャーリーとエイミーが対面するシーンは、どちらに転ぶか息詰まる瞬間だ。エイミーは、その時のことを「彼を獄中に送ったのは、私たちの友情」と語っている。良い看護士であるだけでなく、勇気ある女性だ。
タイトルのグッド・ナースは、チャーリーを指すのだろう。何かまずいことが起こり職を辞さなければならなくなっても、すぐ次の勤め先が見つかるチャーリーは、てきぱきとした仕事ぶりなど経験を積んだ良い看護士とも言える。それだけに、よけい怖い。
その後、実際のチャーリーは、終身刑になった。本人は患者を苦しみから解放するのが動機としている。そう聞くとグッド・ナースゆえの殺人のようだが、殺された中には回復途中の患者もいたことを考えると、怪しいものだ。16年の看護士生活で殺し続けたほんとうの動機は何なのか。
ハロルド・シップマンも終身刑になったが、獄中で自殺し、いまだ動機は明かされていない。
わからないことは怖ろしい。せめて、自身を邪悪だとする自筆ノートが見つかっているルーシー・レトビーの動機が明かされないか、裁判の行方を見守りたい。
文/山口ゆかり ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。
http://eigauk.com