「運動はしないよりした方がいいに決まっている」と多くの人は思っているだろう。しかし、運動を実際「日常的に行っている」という人はどれぐらいいるだろうか?多くの場合、「運動した方がいいとはわかっていても、なかなかやる気が起きない」といったところだろう。
40代の筆者もその類で、デスクワークが多く、運動とはほぼ無縁である。毎年「今年の目標は運動をすること」にしようと思うのだが、年末になっても実践されることはなく、また次の年に目標を繰り越すのがおきまりのパターンだ。
そんな自堕落な生活をおくりがちな筆者の目に飛び込んできたのが、スウェーデン発の書籍「運動脳(サンマーク出版)」だ。
本書では、スウェーデンの精神科医であるアンデシュ・ハンセン氏が、運動で脳が活性化することを豊富な科学的エビデンスをもとに教えてくれる。
今回は、なかでも筆者が「これを聞いたら今すぐ運動がしたくなる」と感じた解説を本書よりいくつか紹介する。
体を動かすことほど脳に影響するものはない
「脳を鍛える方法」と言えば、パズルや脳トレなどを思い浮かべる人も多いだろう。
しかし、本書の著者アンデシュ・ハンセン氏は、「体を動かすことほど脳に影響するものはない」と指摘している。
運動をすると気分が爽快になるだけでなく、集中力や記憶力、創造性、ストレスに対する抵抗力も高まり、情報をすばやく処理したり、混乱した状況下でも平常心を取り戻すことができるようになったりするという。運動によってIQ(知能指数)が高くなるという説さえあるそうだ。
そして、驚いたことに、脳の機能を高めるためには、パズルや脳トレよりも、戦略的に運動をする方が効果的であることが様々な研究により明らかにされているという。(本書P11、12参照)
運動により脳の老化も食い止められる
あなたは「最近年のせいか記憶力に自信がなくなってきた」と、ぼやいたことはないだろうか。「年齢とともに記録力は衰えるものだから仕方がない」とあきらめにも似た気持ちを抱いている人も多いのではないだろうか。
確かに、脳の大きさは25歳ごろがピークといわれており、その後、年齢とともに徐々に小さくなっていくという。脳の細胞は一生涯つくられつづけるものの、それよりも速いスピードで死滅していくそうだ。具体的には、1日に約10万個の細胞が失われていき、脳そのものも毎年0.5~1%ずつ縮むという。
記憶中枢といわれる海馬も、やはり年齢を重ねるにつれて縮んでいき、1年で約1%ずつ小さくなるため、私たちの記憶力も加齢によって衰えを感じるようになるというわけだ。そして、アルコールや薬物は加齢のスピードを加速させ、海馬の萎縮を速めるといわれていることは素人でも一度は耳にしたことがあるだろう。
そういった悪影響を食い止める、あるいは逆転させることは不可能だと長い間いわれてきたが、本書によれば、最近ではその定説をくつがえすような研究がなされているという。
海馬が2%大きくなった被験者
本書によると、アメリカの研究チームが、120名の被験者を対象に、「持久力系のトレーニング」と「心拍数が増えないストレッチなどの軽いエクササイズ」を行う2つのグループにわけ、1年の間隔を空けて2回、MRIで脳をスキャンして海馬の大きさを測るという研究を行ったそうだ。
その結果、「心拍数が増えないストレッチなどの軽いエクササイズ」を行ったグループの被験者の海馬は1年で1.4%縮小していたのに対し、「心拍数が上がる持久力系のトレーニング」を行ったグループの被験者の海馬は1年で2%成長していたという。
つまり、運動をすることで、脳の老化が進んでいなかったどころか、2歳も若返っていたことが分かったのだ。
しかも、過酷な運動に取り組んだわけではなく、週に3回、40分、早足で歩いただけだったというから驚きだ。
本書では「こういった論文を読むときは安易に結論を下すべきではない」と指摘しているが、運動するだけで海馬の老化を食い止めるだけでなく、海馬が成長する可能性もあると聞くと、「老化を食い止めるためにもやはり運動を取り入れよう」と重い腰を上げる気にもなるのではないか。(本書P208~『第5章「記憶力」を極限まで高める』参照)
脳の老化に抗うプラン
脳の老化を予防するためには、毎日か、少なくとも週に5回、20~30分歩く、または週に3回、20分ランニングをする、またはそれと同等の運動強度の水泳やサイクリングなどの運動を取り入れるだけでよいと本書で述べられている。
筋力トレーニングは身体機能を維持するのに役立つが、脳の老化を食い止める効果があるかはわかっていないことから、効果が証明されるまでは、有酸素運動がお勧めとのこと。(本書P328参照)
脳の機能を高めるためにハードな運動をする必要がないと分かれば、運動を継続するハードルも下がる。一駅手前で下車して歩く、目的地まで車ではなく徒歩や自転車を利用するなど、ちょっとした工夫で運動を続ける事も充分可能なことが分かるだろう。
「運動脳」のすすめ
本書を読み進めると、運動は、出すぎた腹をスリムにするのに役立つだけでなく、脳の機能を高め、老化を防止し、健康寿命の延長にさえ役立つということが分かってくる。
生粋の運動嫌いの筆者も、本書を読むことで「今すぐ運動したい」という気持ちになった。
運動をしようと思ってもなかなか重い腰が上がらない人は、本書を参考にしながら、運動のメリットを再確認してみてはどうか。
著者プロフィール:
アンデシュ・ハンセン。精神科医。スウェーデンのストックホルム出身。精神科医として活動するかたわら、テニス、サッカー、ランニングに励み、週に5回、少なくとも1回45分取り組むようにしている。主な著書に「スマホ脳(新潮社)」などがある。
文/平塚千晶