安倍晋三元首相の国葬決定に端を発し、イギリスのエリザベス女王の国葬のニュースも重なったことで、にわかに「国葬」のキーワードが世間を賑わせています。
しかし、そもそも国葬とは何であって、どんな意義をもっているのでしょうか?
今回は2022年8月29日に主婦の友社より『幸せな人生のしまい方』を刊行した株式会社ニチリョクより、大規模葬儀を数多く仕切ってきた葬儀プロデューサーの尾上正幸氏をお招きし、国葬について語ってもらいました。
葬儀のプロから見た「国葬」
まず重要なポイントとして、国葬はみなさんが一般に想像する葬儀とは違います。
安倍晋三元首相にしても、故人ご本人の葬儀はご家族を中心に既に終えられているわけですからね。
国葬とは、故人の葬儀とは別に行われるオフィシャルかつセレモニー的意味合いの強い儀式。芸能人などの著名人が亡くなった際に葬儀と別に「お別れ会」が開かれる場合がありますが、それを国家が主催するイメージで、より広く多くの方がお別れできる機会です。
そういう意味では、話題になっている見積もり額の話は別として、イベント会社が仕切りに入るのは理にかなっています。ご遺体を荼毘(だび)に付すわけでもなく、お経すら読まれないかもしれないわけですから。要人に対するセキュリティとの両輪で運営されます。
「葬」と名前がついていても葬儀屋の領分ではありません。
日本独自の社葬文化と類似点あり
今回の国葬というトピックについて非常に共通点を感じるのが、私が今まで数多く仕切ってきた「社葬」です。
企業の創業者や中興の祖が死亡した際に行われる社葬というと、みなさんイメージはつくのではないでしょうか。実は社葬とは日本独自の文化で、他の国では例が見られません。
さてこの社葬の意義としては、一番大きいのは故人の生前のご活躍に対する追悼の念と共に感謝と敬意を、社員から社内外に対して周知すること。さらに、事業の承継が起こってもその会社は新体制に則り、引き続き安定して継続していくのだとアピールする意味合いも大きいです。
どうでしょう。「社員」を「国民」に、「社内外」を「国内外」に、「会社」を「国家」に言い換えてみると、今回の国葬の意義と非常に重なる部分があると思われませんか?
実は前述のお別れ会というのも、社葬が変化した形ですが、ホテルで会食を伴うようなお別れ会は、より事業継承の目的が強く反映されていると言っていいでしょう。
今回は2つの国葬、英国エリザベス女王の国葬と日本を比較すると開催の意義は同じです。ただ、英国では感謝と敬意に多くの国民が心を寄せたようですが、日本政府として狙いたいのは、追悼の場所であるとともに安倍元首相が成し遂げた国家運営の舵取りの方向性や、諸外国との関係性を現政権以降に「引き継ぐ」効果でしょう。
国葬確定のプロセスに問題あり?
さて、今回の国葬は実施の是非について今もなお議論が繰り広げられています。
私個人として国葬反対の立場は取っていませんが、参考までに一般的な社葬の決定プロセスを少し比べてみましょう。
社葬の場合、会社のオフィシャルな行事として認められるかどうかの目安として、税務上必要経費として承認してもらえるか、という点があります。
社葬の費用を経費にするためには、事前に社内で規約を定めておくことが重要で、それに基づいて規約の定めがない場合でも取締役会の承認を得ることが必要です。こうしたプロセスを経ずに故人が亡くなってから思いつきで実施を決めても、その費用が社葬の経費として認められるのかは微妙です。
翻って今回の国葬を考えると、閣議決定で一発、という形です。結局それが、税金使うことがどうなんだという国民の議論を呼ぶ結果になっています。やはり、社葬と国葬は似ていますね。
根本的な問題でいうと、どのような条件下で国葬の開催が決まるのか、国家として事前の明文化がなかったのは反省点なのかもしれません。とはいえ、誰もが安倍晋三元首相の急逝など想像できるはずもなく、事前に考えるというのがとても難しい問題だというのもわかります。
「引き継ぐ側」にとってメリットが大きい
今回の国葬は、現政権にとって大きなチャンスでしょう。
何といっても、戦後最長の在任期間を務めた安倍元首相の功績や方針を岸田政権が引き継ぐ、と諸外国のVIPに向けて強くアピールできます。社葬を例にして言えば極端な話、政権の施政方針だってそこで語れてしまうわけです。
一方で、岸田政権にとっては緊張が強いられるときでもあります。特に主催者の挨拶は非常に大事。安倍元首相に対する弔意を伝えるだけでなく、国葬開催の主旨を的確に説明しなければいけません。
さらに、懸念されているセキュリティや参列者への配慮をはじめとする会の仕切りも注視されるところでしょう。
ただでさえ今回の国葬はその性質から、「安倍さんの功績は認めるけどそれを承継する岸田政権は認めない」というスタンスの関係者を生みやすくなっています。
国葬の開催にあたって失敗があれば批判は必至ですから、岸田政権としても試練のときだといえるでしょう。
大規模葬儀の裏話
最後に、大規模葬儀ならではのよもやま話をいくつか紹介します。
まず弔辞。気になっている人もいるかもしれません。
私が社葬でアドバイスをする場合、弔辞は通常、一番目が故人の外向きの活躍を深く知る人。たとえば、取引先の代表者などに読んでもらいます。
二番目は、故人の仕事上の活躍を知りながら、プライベートの面でも親交があった人です。故人の生前の人となりを伝える役割を担ってもらいます。
三番目に、故人の社内での活躍をよく知る人。企業であれば事業を取り仕切った番頭さんなどが弔辞を読みますが、今回であれば麻生副総理などが三番目の役割を担うのかもしれません。などと勝手に考えたりしています。
ほか、大規模葬儀はとにかく段取りが大掛かりです。2000人くらいが参列する大規模社葬の際は、海外からの主要なVIPにはすべてホテルから葬儀場までのハイヤーを用意したり、行列でお待たせしないようにスタッフにエスコートさせたりと非常に気を遣いました。
また、その会社の場合は「部署のお客さんは部署ごとに応対するように」と通達があったため、受付に各部署の責任者がずらりと並んでそれだけで100人を超えてしまったという、ちょっとした笑い話もありました。
私の経験上、葬儀は段取りが8割。主催側としては無事に開式すればほとんどやり切ったようなものです。
政府ももっか国葬の段取りに追われているタイミングでしょう。葬儀に関わる一人の人間として、つつがなく国葬が執り行われることを祈っています。
尾上正幸(おのうえ・まさゆき)
株式会社ニチリョク常務取締役。大規模葬儀を数多く仕切ってきた名葬儀プロデュサー。著書に『実践エンディングノート 大切な人に遺す私の記録』(2010年、共同通信社)、『本当に役立つ終活50問50答』(2015年、翔泳社)、『幸せな人生のしまい方』(共著、2022年、主婦の友社)。
葬儀準備からお墓の話、気になる相続や死後の事務手続きまで。
ますます注目される「終活」を網羅的に解説する決定版!
取材・構成/フォーウェイ 仲山洋平