今年5月13日より施行された運転技能検査の義務化。これは、75歳以上のドライバーで過去3年間に信号無視などの一定の違反歴がある方は、免許証更新時に運転技能検査の受検が義務化されるというもの。
それにより従来の認知検査と高齢者講習に加え、技能検査に合格しなければ免許が更新できない仕組みのため、今後、クルマの運転を諦めなければならない方がますます増えてくることが予想される。
そんな中、次世代型電動車椅子の開発で先行しているWHILLより、11月から販売を開始する“歩道を走れるスクーター”「WHILL Model S」の発表が行なわれた。
この新モデルは、電動車椅子よりも走行性能を高めたスクーター型で、免許返納後の移動手段の選択肢として大いに期待される近距離モビリティ。
ということで「WHILL Model S」の発表会に参加して、実際に試乗してみたのでその様子を紹介しよう。
シニアの移動の”新定番”となるべく開発
発表会では、WHILL 代表取締役社長CEOの杉江理氏が登壇。今回の新モデルとなる「Model S」の開発背景について語った。
「人生100年時代」といわれる超高齢化社会を背景に、運転免許返納者数は、警察庁による2021年の『運転免許統計』では年間に約60万人に上る。そして返納後の移動手段には、公共交通機関はもとより、シニア向け電動アシスト自転車やシニアカーなどが挙げられる。ただ、その選択肢は限られており、シニア向けモビリティの流通量も決して多いとはいえないのが現状である。
また公共機関では、運行本数が少なかったり、電動アシスト自転車だと「バランスが取りづらく、ふらついてしまう」「体力的にしんどい」、シニアカーだと「昔ながらの見た目で、積極的に乗りたいものではない」「自分向けの乗り物ではない」などといった理由で、こうした移動手段を選ばずに外出する機会を減らしてしまうケースが多いという。
ただ、そういった状況に対し免許を返納した親をもつ子らからは、親のその後の生活や身体状況を気にする方が多く、7割近くが「親の足腰が弱ってきて心配」「親には外出をしてほしいが、ひとりでの外出はそれはそれで心配」と回答。
また、約8割が「親にはいつまでも元気に暮らしてほしい」と答えるなど、親の元気や健康に繋がる商品やサービスを積極的に勧めたいという家族も多いことが分かったとしている。
実際、今年5月13日の改正道交法(一定の違反歴がある高齢ドライバーを対象に運転技能検査が義務化)を境に、家族からの申込み含めWHILLへの試乗予約件数は前期比(2/13~5/12 対 5/13~8/12)で3倍にも増加しているとのこと。
そんな背景から開発されたのが、「Model S」となる。同社では、これまでにも高いデザイン性と機能性を兼ね備えた電動車椅子「Model C2」や軽量化を実現した折りたためるタイプの「Model F」などを開発・販売してきたが、「Model S」の登場により3種類のラインナップとなった。
これにより、さらに多くの方の幅広いニーズに応じた最適な近距離移動のプロダクトおよび付随するサービスを提供していくとしている。
また、より便利で安心な移動を後押しするため、本人だけでなく家族もスマートフォンのアプリ上で機体の居場所や状態、外出情報を共有できる「WHILL Family App」を開発。保険やロードサービスなどがセットの既存サービスと一緒にした「Model S」だけのプレミアムなサービス「WHILL Premium Care」として、2023年1月以降に開始予定だという。
洗練されたデザインとスムーズな走り
今回、新たに開発された「Model S」は、電動アシスト自転車よりも安定した走行性能と、シニアカーよりも日常に馴染みやすいスタイリッシュなデザイン性を併せ持つのが特長となっている。
ハンドル内にある右の「D」レバーで前進、左の「R」レバーで後進となる。中央のダイヤルでスピードを調整
LEDライトのスイッチは側面に配置。ホーンのボタンもあるが威圧感のない優しい音が鳴るようになっている
前方には耐荷重4kg、容量12リットルのバスケットを標準装備
さらに操作はシンプルで、レバーを握れば前進または後進、離せばその場でブレーキがかかり停止する仕組み。また自動車などから乗り換えても違和感のないハンドル形状や直感的で分かりやすい操作性でありながら、スイッチ類には馴染みがあるアイコンを採用し、運転の楽しさを演出している。
アイコニックホワイト
シルキーブロンズ
ガーネットレッド
ラピスブルー
ボディカラーは、全4色から選択可能となっており、そのカラー名も単純な「ホワイト」などといったものではなく、「アイコニックホワイト」や「ラピスブルー」といったように色のニュアンスを表現。これは、自動車のボディカラー名を参考にしたということで、自動車ユーザーが“愛車”と呼ぶのと同様に「Model S」にも愛着を持ってもらいたいという思いで設定したとのこと。
シートは高さを3段階、前後に2段階の調整が可能
シートの下のバッテリーは取り外すことができるため屋内での充電も可能
そして、その走行性能は、満充電での走行可能距離が33kmとなっており、毎日、往復4〜5km程度の外出に利用するなら約1週間ぐらい充電しなくても済む計算となるため、手間もかからないのではないだろうか。
ちなみに電動アシスト自転車のベーシックタイプ(バッテリー容量8.0Ah)の場合、走行可能距離が約30kmとされているため、それと比較しても充分実用的といえる。なお、満充電までにかかる時間は、標準充電器で9時間40分で、急速充電器なら6時間40分とのこと。
また最高速度は、前進時で時速6km、後進時が時速2kmで、登坂能力は10度、乗り越えられる段差の高さは7.5cm、最小回転半径は148cmとなっている。
電源を入れるのはキーを使用。その下には充電ポートを装備
クルマのサイドブレーキ的な役割の赤いレバーで車輪のロックと解除を行なう
そして実際に試乗してみると、その発進は実にスムーズで唐突さやもたつきを感じることはない。またスピードについては、人の歩く速さが時速4㎞ぐらいと言われているため、最高速度の時速6kmでは、人が走り出す寸前の早歩きと同等程度の速さということになる。
ただ、姿勢がスクーターに座っている低い状態であるため、速すぎるという感覚はなく安心していられるスピード感。いずれにせよ、ダイヤルで細いスピード調整が可能であるため、人で混雑しているなど走行状況によって切り替えもできて便利だ。
さらにブレーキに関しては、アクセルレバーを離すと効くようになっているが、ギクシャク感もなくスッと止まってくれる。その制動力についても、強過ぎることもなく物足りなさを感じることもない絶妙なバランスであった。
走破性については、試乗会場にあった5cmほどのスロープ付きの段差を勢いをつけることなくゆっくりと越えてみたのだが、電気のすぐさま立ち上がる力強いトルクのおかげで難なくクリアできた。
フロントのサスペンション
リアのサスペンション。テールライトも装備
シートの厚みやクッション性もあるためお尻が痛くなることはなさそうだ
なお乗り心地に関しては、実は、装着されているタイヤがノーパンクタイプのため硬いのだろうと予想していたのだが、前後のサスペンションがしっかりと働いていて思いのほか上質で滑らかに感じた。
さて、試乗は短い時間ではあったが、そのスムーズな走りに感心させられた。さらに、洗練されたデザインや上質な質感など、自分のマシン(相棒)としての愛着が湧くのが感じられたのも正直なところ。
CEOの杉江理氏によると、「100m先のコンビニに行くのをあきらめる」といった車椅子ユーザの声と出会ったことから最初のWHILLの開発がスタートしたという。今回の「Model S」の登場によって、シニア向けの移動手段の選択肢もさらに広がり、WHILL社の目指す「すべての人の移動を楽しくスマートにする」というミッション達成にも大きく近づくのではないだろうか。
【Model S 主要諸元】
■サイズ:全長1190×全幅553×全高920mm
■車両重量:63kg(バッテリー15kg込み)
■最高速度:前進6km/h・後退2km/h
■登坂能力:10度
■最小回転半径:148cm
■航続距離:33km
■充電時間:標準充電器/9時間40分、急速充電器/6時間40分
■バッテリー:鉛電池(24V、12V×2)
■耐荷重:100kg
■タイヤ:ノーパンクタイヤ
■価格:21万8000円〜(非課税、送料調整費別)
■関連情報:https://whill.inc/jp/model-s
取材・文・撮影/土屋嘉久(ADVOX株式会社 代表)